追悼のざわめき 1988年 日本 150分 監督 松井良彦 ジャパニーズ アンダーグラウンドシネマの頂きとは。

(観るに至るあれこれ)

僕自身はとりあえずなんにしてもノンジャンルで興味を持って映画も観ますが、何か曰くが有りそうな映画と言うのはどんなものなんだと気になって触手が延びてしまうところは有りますね。。

まあ映画は子供の頃から誰でも観るように其れなりに観ていましたが。。

けっこう自分で興味を抱いて観るようになったのは、90年前後の単館映画ブームなんかにのってだったのかもしれません。。

それで映画館に足を運んだりして、ヴィム・ヴェンダースやらジム・ジャームッシュやらレオス・カラックスみたいなのを普通に観てて。。

そしたらどうしても、なんだか怪しい賛否が有るような作品には触手が延びて、ピンクフラミンゴやエルトポみたいなカルト映画方面にも比重が多くなっていって。。

過去作品でも普通にゴダールやらフェリーニやらタルコフスキーなんか観てたら、どうしても危なそうなパゾリーニやらの作品も観たくなって。。

異形のなにかと言うならトッド・ブラウニングやらヴェルナー・ヘルツォークやらホドロフスキーなんかも観たりして。

最終的にはユルグ・ブットゲライトの作品みたいなゴア描写映画もとりあえず観ておく事に至る感じにはなりましたね。。

そうなると平均的に考えた場合、映画に関しては音楽と違って日本映画はけっこう評価していて観る比率も高くて。。

最初はSABU監督や石井克人やら塚本晋也やら何でも普通に観ていて。。

そうしたらやっぱりどうしても何だか怪しそうな問題作なんかにも触手が延びて、鬼畜大宴会やら日本ではないけど黒い太陽731とか色々観たりしてしまったと。。

それで過去作品でも普通に今村昌平やら小津安二郎やら鈴木清順やら普通に観ていましたけれど。。

何かないかと探していったら、石井隆辺りを入口に日活ロマンポルノやATG系とかも観たし、それからやっぱり怪しそうな恐怖奇形人間やらマタンゴみたいなのも観たりする事になると。。

そして後には何だか倫理的にもまずそうな、オールナイトロングやギミーピッグみたいなのもいちおう観たりして、ヤコペッティみたいなモンド映画にも目を通すと。。

他にはもちろん死霊の盆踊りやらシベリア超特急みたいなB級Z級みたいなのも観たりして。。

2000年以降くらいからだと、園子温やら三池崇史なんかも目を通しておいて、ムカデ人間やらファニーゲームみたいなのもいちおう観ておくと。。

そんなんで暴力描写やエログロやらナンセンスやらタブーに触れる映画なんて切りがないし、別にそれが好きで求めてる訳でもなくて、あくまで何でも観ると言うだけで、なんか絶賛や話題や問題になってる作品で観たいと想ったら一部にそう言うのが有ったと言うだけなんですけれどね。。

それでこの松井良彦監督って方が関係したり慕ってるような寺山修司やら石井聰亙やら若松孝二なんかの作品も過去には観ましたが。。

なんかこの監督の映画は括られて扱われる機会が少ないのか。。

何かやたらと一部の評論家や視聴者の間で絶賛と酷評を繰り返してると言う触れ込みで特別に扱われているこの映画を知ったのは、けっこう遅くて2000年代に入ってからだったと想いますね。。

それで元々この映画は脚本を書いたのが1980~1982年くらいで、1983年から3年くらいかけて制作してと言う話らしいですが。。

なんだか1985年のトリノ国際映画祭に出品を予定されながらその過激な内容が問題視されてイタリア税関に引っ掛かったとか。。

86年には香港での日本映画祭に招待されながらもやっぱり税関ストップしただとか。。

試写を担当した映写技師が嘔吐しただとか、海外の上映は総てが中止になっただとか。。

よく有りがちな前話が有る感じでしたね。。

そして映画は1988年に名物ミニシアター中野武蔵野ホールで初公開となり、その先行試写会では途中で気分が悪くなり続々と退室する者が出ただとか言われていますが。。

同館の観客動員記録を更新して、それ以降同館で繰り返し上映されるほどの人気プログラムとなったらしいとかで。。

その後に中野武蔵野ホールが2004年に閉館した時の最終プログラムはこの作品だったらしいですが。。

その公開から全国津々浦々上映されて、インディペンデント映画では異例となる全国でのべ5万人を動員したらしいと。。

そうしてたら1998年には、ドイツ、デンマーク、ノルウェイなんかの7都市で上映をされて好評を博したりしたらしく。。

その後の2007年9月には、デジタルリマスター版として渋谷のシアターイメージフォーラムのレイトショーなんかを皮切りに再度の国内外で上映されたりしたらしいですね。。

そんなんで長らく限定公開的に映画館で公開されていただけだったと言う事なんですが。。

そのデジタルリマスター版に合わせてか、2007年の年末にDVDとして初めてソフト化されたらしいと言う事だと。。

この辺りの経緯は2008年春に公開した20年余振りの新作(どこにいくの?)に絡めての発売をプロデューサーに持ちかけられてと言う感じがしましたが。。

そうなるとせっかくここまで引っ張ったんだから、ソフト化なんてするのはつまらないと想いながらも。。

その後暫くして何となくレンタル屋に行ったらけっこう棚にパッケージを表にして置いてあったので、やっぱりどうしてもと言う事で、ちゃっかりと借りてしまいましたね。。

そりゃ映画館で観れれば良いんでしょうが、いちいち行ってられるほど時間やら余裕がないし、1度観ただけで解りようがなさそうですしね。。

まあこの映画は、猟奇殺人、近親相姦、障碍者、差別、カニバリズムなどのタブーを内包しグロテスクな印象を与えるも。。

穢らわしいだとか美しいだとか賛否両極端に言われてて。。

前解説とか見てても内容がいまいち解り難くて、何だか奥ゆかしい文学性を秘めたようなタイトルと、モノクロのアート系な雰囲気を醸し出してと。。

何か他のそう言ったのとは違うような感じで、観るのは必至と言う事になりましたね。。

とりあえず意味が解らないけれど、映画タイトルとしてはトップクラスに好みでしたね。。

(勝手に自分が想ったストーリー/ネタバレ)

まずこの映画は冒頭で、鎮権の鐘の音のように聴こえる通天閣の時報が鳴って。。

(完成を待たず他界した山際光へ

そしていくつかのさまよえる魂へ

本作品を捧げる「安らかに」

松井良彦)

と表示されますが、詳しい事は分かりませんが、調べるとこの山際光さんと言う方は、劇中で強姦男の一人として登場する端役と言える方みたいでしたが、タイトルと併せて何か考えさせられるところでしたね。。

とりあえずこの映画は、その通天閣が何度も映るように、新世界、釜ヶ崎、飛田新地辺りの下町でも最もコアな界隈を中心とした群像劇であり、エキストラやセットなどは極力使っていないような、セミドキュメンタリー的な面も垣間観える映画だとは想いましたね。

僕は通天閣には1度訪れた事が有るのですが、けっきょく累計では大阪の街の辺りは数回しか訪れていなくて、詳しくは無いんですよね。。

それも有って、この物語の舞台となる釜ヶ崎周辺はなかなかカオスな場所だと言う事で、街の風景なんかも楽しみに観させて貰いましたね。。

それで物語としましては。。

とりあえず主人公となるような誠さんと言う青年がいて、廃墟の屋上を住居にしていて。。

街をフラフラして鳩に餌をやったかと想えばバールを使って殺したり。。

街の片隅で強姦殺人を繰り返して、その女性の金品だけでなく子宮をくり貫いて持ち帰ったりしていると。。

それでどうも誠さんは世を嫌う厭世感とピグマリオンコンプレックスの傾向があるみたいで 。。

どこでそのセリフが出てきたのか僕は見落とす事も多いから分からなかったんですが、菜穂子と名付けられた1体のマネキンを溺愛し、その廃墟の屋上で一緒に暮らしているらしくて。。

殺した女性の子宮を持ち帰るのは、そのマネキンの股間に埋め込む事により、子供を授かる為らしいと。。

こうして書くと何だかとんでもなくて、憚れる気持ちにもなったりしますが。。

そんなんで、物語は始まりから当時の街の様々な風景やら人々を写し出して。。

その時々でそこに住む様々な人々にスポットが当てられたりして。。

物語性やら設定の情報は希薄気味で。。

主人公はとりあえず誠さんみたいだけれど、関連性が無さそうな複数の人物達に分かれた物語が進んでいくように観えると言う事で。。

何だか当時の立ち飲み屋や将棋クラブなんかの風景が写し出されたりして、興味を持って観れましたね。。

そうした中で、最初の方で天王寺公園の噴水前辺りで怪しい鳩やら夢の話だとかをして、傷痍軍人に募金する制服姿の女学生2人組にスポットが当てられますが。。

なんだか差別用語を大胆に話していたりして、怪しいなと想いつつ。。

誠さんが常備している凶器のバールなんかを使ってまた鳩を殺したりした後に。。

その傷痍軍人を朝鮮人差別をして罵倒しながらメチャクチャに痛め付ける描写が大胆に映し出されて。。

これは一般的には問題が有る映画だと確定したりすると。

ここで制服を着た女学生の、白や灰色の鳩が黒いカラスだとかに食べられる夢を観た話が、物語を暗示しているとか言う意見も聞かれましたが。。

その辺は差別用語のインパクトの方に意識が傾いたし、僕には何とも解りませんでしたね。。

そんなんで色々とスポットを当てられる端役みたいな感じの人々は、皆インパクトがある人達で。。

後に誠さんをボコボコにして復讐を遂げてラーメン屋で祝杯を上げつつ追い出される傷痍軍人は印象的であり。。

途中で空襲映像なんかが挿入されたりして、舞台が戦後間もない頃のような雰囲気もしますが、時代は違うのは明白な感じでしたかね。。

それで時代設定はいつなのかと考えますと。。

1979年10月26日に朴正煕大統領が暗殺された報道が書かれた10月27日の読売新聞が、誠さんが住んでる廃墟に広げられていますが。。

鳩の夢の話をした女学生がWe are the world と言っているので、USA for Africa のこのチャリティーソングが発売されたのは1985年3月18日ですから、この話はそれ以降の時期の話なんだと。。

そして誠さんは炎天下の夏だと言っているので、この物語は1985年の夏の話だと言う事なんだと、とりあえず想ったりしましたね。。

そうなると朴正煕大統領が書かれた新聞は誠さんが大切にして6年近く所持している物であり。。

その傍には父だか大統領だか分からなかったですが、遺影とラジオが置いてあり、ラジオからは韓国の放送が流れていると言う事で。。

誠さんが朝鮮人差別を発言しながらも自身が在日韓国人の方なんだと想えたりしますが、実際どうなのかは確定はしていないと。。

まあそんなんで、前述通りに制作が始まったのが1983年となり、1985年の10月12日から始まるトリノ国際映画祭に出品を予定して税関で引っ掛かったと言うんだから。。

話が本当でリアルタイムの物語なら、映像の方は編集段階を残してそれに間に合う期間までのものなんでしょうね。。

しかし音声なんかは後の編集でのアフレコで、映像と時期がずれたりとか言うのもあるし、どこまで時間設定を考えて創ってるのか分かったもんじゃないし。。

まあそんな細かく考えずに80年代前半辺りと言うか、何だかよく分からない過去のいつかの世界でいいんですけれどね。。

続きですが。。

そんなんで誠さんはマネキンとの生活の為にか何なのか、下水道清掃会社に面接に行って働く事になると。。

そしたらこの会社の経営者が小人の兄妹で、兄は怪しいですが下らない冗談や自虐的な話をするけっこう明るい性格をしていて、妹の夏子さんはけっこう繊細な面も有りそうな性格をしているように観えると。。

この夏子さんと言う小人が重要なキャラとなるのですが。。

とりあえずここで誠さんは働く事になり、下水道で傷痍軍人から盗んだ募金箱を割ってチャリ銭を集めたりしますが、けっこう真面目に働いたりすると。。

そうしたらその主人公である筈の誠さんの話から全く関連性が無さそうな映像となり。。

夏用の学生服を着たような男子と、白に薄いボーダーのワンピースを着た小学生高学年くらいの少女の二人が通天閣の近くの空き地で佇んでいる姿が写し出されると。。

途中でベビーカーに乗った赤ちゃんを見つめたりしている時に、その母親みたいなのから(妹さん?)と訪ねられますが、何も答えていないし兄妹なのかは僕には分からなかったですが。。

後で調べると兄妹だって話みたいだから兄妹と言う事にすると。。

それでなんだか映画の予告やらチラシやらパンフやらの関連媒体では、こっちの兄妹の画像が扱われているので、主役はこっちなのかと想ったりしたりもすると。。

しかしセリフは殆んど無いし、いったい何で二人でフラフラやっているのかさっぱり分からない。。

時代が違うから戦争孤児って訳では無い筈だし、親が失踪したのか、孤児院でも抜け出したのか、はたまた兄に観えるだけの男子が誘拐してきたのか。。

とりあえず映画を観ているだけでは、やはり設定の情報が少なくて分からなかったりしましたね。。

それで何か坊主頭の兄は暑苦しそうで神妙な顔をしている感じがして、妹は無表情で空虚見つめているような感じがしたりしました。。

しかしこの二人は、この映画の舞台となる他の人物やら世界とは違うと言うか、真逆の清純さを携えているようで。。

この映画を猥雑な世界と言うだけでなく、芸術性を帯びた作品に仕立てる最大の貢献をしているように観えたりすると。。

そんなんでこの兄妹がフラフラ彷徨ったりしてて、その後に誠さんが住む廃墟ビルの1階だかのような場所で、蝋燭を灯して一夜を明かしたり怪しい形のケンケンパをしたりしていると。。

僕としてはこの兄妹の存在が、この物語を全く二分させるように広がらせて群像劇たるものにしているように感じましたね。。

そんなんで人物やらの場面は色々と入れ替わったりして、微妙に前後が狂ってるかも知れませんが。。

誠さんは仕事の収入でマネキンに服を買ったりしたいのか、本屋でファッション雑誌を見たり服屋を訪ねたりしますが、本を破ったり横柄な態度だったり、日常の態度はかなり悪かったりするようにも観えると。。

ここで現れる服屋の店員の女性も、やたらと吃音症でインパクトが有ったりしましたね。。

そして時間軸は微妙に錯綜しているのか。。

誠さんが畑近くをフラフラ歩いていたら、案山子代わりに使われて放置されてるみたいなマネキンを見付けて。。

一目惚れしたんだか分かりませんが、マネキンに付いた鳩の糞を舐めて取り除き持ち帰るみたいな描写があるので。。

これが誠さんとマネキンの出逢いなんだなとか想ったりしましたね。。

何だかでもこの鳩の糞を舐めるシーンが、僕としては最もこの映画で気持ちが良くない場面となりましたかね。。

そしてその前後辺りには、また全く関連性が無さそうな。。

恐らく先立たれた元妻の仏壇に、他の女性への想いを詫びながらお参りする、入れ歯の年輩の男の方の映像なんかが挿入されたりしますが。。

とりあえずこれに関しましては、この時は正に全く分からなかったりしましたね。。

それでそんな色々な人物の場面が錯綜する感じですが。。

誠さんは腐ったような缶詰めを食べたり、ドラム缶に溜まった雨水飲んだりして、生活はやっぱり苦しそうだと。。

しかしマッチで創った家の作品が有ったりして、マネキンとの真っ当な生活を夢見ていそうだったりもすると。。

そうしたら誠さんがいない昼間のそんな生活の場所に。。

また訳の分からない女性の下半身を模したような二股の木の一部を引き摺りながら歩くホームレスがやって来て、マネキンと性交しようとしますが。。

誠さんが予め防犯の為なのかは分かりませんが、仕込んでおいたガラス片のトラップに嵌まり悶絶したりすると。。

しかしこのホームレスはマネキンを気に入っていて、マネキンの下着を引き摺り歩く木に履かせたりして、たまに誠さんのいない時間に現れてマネキンにちょっかいを出したりすると。。

こう考えますと、この映画はやはり色々な人物や場面が散りばめられて、1度では解り難いと想ったりすると。。

まあ答えなんか無いんでしょうけれどね。。

他にも仕事の関係とかで、夏子さんが誠さんとバスに乗ると。。

ヤクザな運転手に小人料金じゃなくて大人料金じ払えとか言われたり。。

バスの中で転ぶと乗客達に笑われたり。。

わざとらしい紳士風の男が助けたりと。。

色々と差別を強調するようなシーンが有ったりすると。。

この様なシーンなどは、喜劇風のわざとらしい演出がなされたりしていますが。。

このようなスポットを当てられている雇われて演技している役者達は、かなりカリカチュアライズされているところだと想ったりしましたね。。

そんなんで他にも随所に差別的な演出はなされているように観えると。。

でもこのような劇然としたシーンはリアルさがないので僕としてはつまらなかったりしましたね。。

そんな事が有ったりする夏子さんですが、どうも誠さんに好意を抱いたりしてるみたいで、難波に飲みに行こうとか誘ったりすると。。

すると途中で3人組の暴漢に二人して襲われて酷い目に遭うと。。

襲われた後に夏子さんは誠さんに、身体が子供の頃の事故でケロイド状になっている話をしたりして、襲われて嬉しかったとも言ったりして誠さんに触れると、誠さんは化け物と罵りつつも謝ったりすると。。

そしたら夏子さんは誠さんを想う気持ちが有ったりするみたいでしたが。。

誠さんに女がいて妊娠していると告げられたりしながら立ち去り、帰りに性玩具を買って家で虚しく自慰に耽るみたいでしたね。。

その後の日辺りから誠さんは仕事をしつつ、帰りに前述の傷痍軍人の逆襲を受けたりしますが。。

バスの運転手にも因縁つけられてボコボコにされたりするし、暴漢に襲われた訳だから、誠さんも横暴だけれど逆にけっこうやられたりしてるようにも観えましたね。。

そして小人の兄妹は、親の遺言に従って夏子さんの誕生日に性の悦びを知るために近親相姦をしていて。。

夏子さんの32歳の誕生日に御祝と書かれたふざけた蒲団で性行為を行ったりしていると。。

この辺は非常に微妙なところでしたが。。

その前の描写では聖書の訪問販売なんかも現れて、そう言うのも昔は有ったなあとか想ったりして、色々な怪しい描写を然りげに挿入しているなと想いましたね。。

そんな事が有りながら、物語は途中で入れ替わりながら進む感じですが。。

無口な兄妹は、廃墟ビルの1階のシャッターが閉じたり開いたりする中で、相変わらずの佇まいで、怪しい形のケンケンパをしたりして、当てもなさそうに遊んだりしていると。。

そうしたら誠さんがいない時を見計らって訪れているのか、屋上から例のホームレスがマネキンにコンニチワと言っていて。。

その声に導かれて、無口な兄妹は屋上に向かったりすると。。

どうもこのホームレスはマネキンに逢うときに発するコンニチワかコンバンワしか言わないみたいですが。。

ホームレスは足音を聞いていたし、人が来たからなのかいつの間にかいなくなって、入れ替わるように無口な兄妹二人だけが廃墟ビルの屋上にいたりすると。。

それで兄が屋上に放置された大きなタイヤを転がして遊んだりしていると、妹はマネキンに母性を感じるように胸に顔を埋めて目を閉じたりすると。。

そうしたら静かな兄は欲望を抑えられなくなったのか妹を犯してしまい、何だか分からないけれど妹は性交によって有り得ない出血多量で死んでしまったみたいだと。。

この辺りは非現実的にも想えましたが、この映画はファンタジーだって話だからと想いましたかね。。

そして誠さん側と無口な兄妹側で、話はずっと入れ替わりながら進みますが。。

誠さんは小人の兄妹の性行為を覗き見してたりして、小人の兄妹の家で飼ってるインコを、籠から出してその行為の場に解き放ったりすると。。

そうしたらその後、誰が殺したのかよく分からないですが、インコは死んでいて、夏子さんが線香花火で弔っているような事をしていると。。

更に何故か小人の兄は、夏子さんに耳掻きで掃除をして貰ってる時に、その耳掻きで刺し殺されたみたいで。。

夏子さんは、誕生日に貰ってた金のへそくりなのか、それとも会社の金なのか、何なのか分からないですが。。

(18、19、ハタチ、21、、、、31、)

とか言って金を数えていると。。

この辺りの心理描写は僕には明確にはならなかったですが。。

僕としては少なくとも金が目当てで兄を殺したとは想えなかったですね。。

兄を殺してしまったら、これからの生活が失われる可能性が高く、そうなると一時の金よりもデメリットが大きいのではと想ったからですね。。

なら誠さんに観られた事を悟ってかとも想いましたが。。

それよりも誠さんに相手がいて、自分はやはり独りなのだと想う故の、自暴自棄な行為なのかと想ったりしましたが。。

まあしかし、もちろん分かりませんね。。

そんなんで、僕は無口な兄妹の兄が妹を死なせてしまうこの辺りまでを、勝手に物語の前半~中盤としたりしましたが。。

こうして観てみると、映画と言うのは多かれ少なかれ、どの作品でも視聴者それぞれの解釈に伴うところですが。。

特にこの映画はそうした傾向が強い作品かと想うと。。

それでこの作品は群像劇と言ったように。。

誠さんが愛するマネキンの菜穂子さんと出逢い共に暮らし、そこに誠さんを想う小人の夏子さんが絡む1つの物語に。。

そのマネキンによって導かれた、ホームレスの物語の断片が繋がり。。

更にマネキンを求めるホームレスの声によって導かれた、無口な兄妹の1つの物語の断片が繋がりと。。

マネキンによって1つ物語と2つの物語の断片が僅かに繋がり。。

そこに混沌とした街の風景や人々がスポットを当てられて登場すると言った感じで、目まぐるしくもありましたかね。。

そして話は後半に続きますが。。

ホームレスは墓場を徘徊していて、どうも二股の切り株はその墓場の木を切り取ったやつみたいで、元に戻そうとしますが、躊躇ってやっぱり離せなくて携帯する事にするらしいと。。

いっぽう誠さんは、現在のあべのハルカスとなる阿倍野近鉄百貨店とその前の歩道橋辺りを、フラフラと世間に文句を言いながら、 服やケーキを観たりして買い物みたいな事をしてると。。

それで強姦した女から奪った服なのか買ったやつなのか分からないけれど、マネキンの菜穂子に着せる服をクリーニング店から持ち帰ったりしていて。。

にわかには信じられないけれど、生まれてくる子供が女の子なら春海だとか言ってるので、その為の買い物だったみたいに観えると。。

まあなんか僕は街の風景なんかに目がいってましたけれどね。。

そしたらまたいっぽうの無口な兄妹の兄の方は。。

床を埋めるように溜まった妹の血を啜って、妹に口移しにしたりした後に、マネキンが横たわるベッドに座り、何故かそこに置いてあった赤ずきんちゃんの本を朗読すると。。

この時ついに兄の声を聞く事になる感じでしたが、そう言えば妹の方はけっきょく一切声を聞く事は無かったなと想ったりすると。。

この時にベッドの回りは海みたいになり、亡くなった妹はツインピークスばりに水中を漂ったりしてファンタジーになると。。

そして静かな兄は妹を背負い、廃墟ビルを出て空き地に妹を埋葬しようとしますが、途中で妹としたケンケンパの場所で妹を背負いながら、またケンケンパを行ったりすると。。

この過程で、誠さんとホームレスにも出会ってる感じでしたが、何故か何のトラブルにもなってなさそうで、その邂逅の状況はよく分からないと。。

そして妹を死なせた兄は、妹に死化粧を施して満足した笑みを浮かべた後に、妹を埋める穴に這いずりながら土を被せて行きますが、そう言えば笑ったのもこの時だけだなあと想ったりすると。。

この辺りでなんかもう、誠さんと夏子さんの方もインパクトはありますが、この兄妹の方もとんでもないなとか、想い始めたりしましたね。。

いっぽう誠さんの方は、兄がいなくなった屋上で、マネキンとの情事に耽っていて、そう言えば小人の兄を殺した時から浴衣姿になっている夏子さんにそれを目撃されたりすると。。

その後に誠さんは、この場所ではマネキンにとって治安が悪いと想ったのか誕生の儀式なのか何なのか分かりませんが。。

屋上でも更に上となる、貯水槽が有るような場所へ梯子を使って昇って、服を着せたマネキンを立て掛けたりすると。。

その時に、新聞、マッチで創った家、遺影なんかは一緒に運ぶから、やっぱり大事なもんなんだと想ったりすると。

僕としてはよく観えないですが、何だか夜景が綺麗そうだなとか想ったりすると。。

いっぽうまた妹を埋めた兄の方は、最初から危なそうな気配は有りましたが、もう完全にいっちゃっていて。。

妹を埋めた後に花を挿して血と泥で染まったような服を着た状態で街をフラつくと。。

こんな状態でよく職務質問とかされないなと想ったりすると。。

そして僕には奇行としか想えませんでしたが、放置された自転車を想いっきりこいで。。

(もがけ。。もがけ。。もっともがかんかい。。)

とか心で叫んだりしますが。。

トラックに煽られたりして転倒し、金網にあった何かが刺さって左手に大ケガをし、更に自分で傷付ける自傷行為みたいな事をすると。。

それで僕はまた喋ったとか想いつつも、もう先は無いなと想えたりもしましたね。。

いっぽうまたまた誠さんの方は、この時点でもう仕事は無いでしょうし、それを知ってるかは分からないですが、朝になってからフラフラと出掛けてるみたいで。。

借金取りの催促の電話に追われる八百屋から何故かレモンを買ったりして。。

露天の風車屋を襲おうとしたりしますが、凶器のバールが無い事に気付いて中止して、たぶん風車なんかも普通に買ったりすると。。

そしてどうも夏子さんは、廃墟ビルの片隅で一夜を過ごしたのか、自慰をしたりして吐いたりしていますが。。

その後に歩き出して、廊下で夏子さんのシルエットが2つに別れたりすると。。

すると何だかホームレスは自殺したのかも知れないように見えなくはないけれど、たぶん夏子さんがバールを使って殺したかしたみたいで。。

もはや夏子さんは支離滅裂な殺人鬼と化しているように観えたりもすると。。

それで誠さんの凶器のバールはいつの間にか夏子さんが持ってるのかなと想いながら。。

夏子さんの顔つきが危なく変化しているようにも感じたりすると。。

そしてその後。。

夏子さんは誠さんの相手のマネキンを探して廃墟ビルを彷徨ったりすると。。

なかなか見付けられないですが、ハミングしながら梯子に目を付けて、昇ってやっとマネキンを見付けたりしますね。。

そしてバールで叩いて下腹部に穴を開けたりして、胎児を取り出してヘソの緒を噛みきって殺したりすると。。

床には誠さんが沢山積めた子宮やらが飛び散りますが。。

胎児の映像なんかも描かれて、有り得ないと想ったりもしますが、ファンタジーだと解釈すると。。

そして夏子さんは、誠さんがマッチで創った家に火をつけてマネキンに引火させ、屋上の下の階に落としますね。。

そうしたら屋上の床は、ガソリンを撒いているかのように火が燃え広がり、煙がモウモウと立ち込めたりすると。。

その時に夏子さんは。。

(カミさん、今年の冬もあったこう暮らせるな。。)

とか言うような事を言ってるので。。

夏子さんは誠さんとマネキンの関係を破壊したかったんだと言うのは分かったような気がすると。。

そしたら誠さんはまたフラフラしてて。。

風車を片手にレモンをかじったりしながら幼稚園を眺めたりして、その後に木津川辺りの土手かなんかで寝転んだりしていますね。。

幼稚園からすれば不審者そのものって感じがしましたが、土手では女の子が飛ばしてきた鳥を模した飛行機を返したりしてると。。

それで土手でもレモンをかじったり、空に向かって投げたりして、何気なく過ごしていると。。

近隣のグラウンドでは、大阪体育大学の関係の学生が円盤投げをしていて、その投げた円盤が誠さんの後頭部を直撃し、誠さんは呆気なく死亡したみたいだと。。

まるで漫画のタイガーマスクを上回るような呆気ない最期でしたが。。

こう考えますと何ともシュールな展開で、話に置き去りにされたような気分になると。。

もう全く物語とは関係のないところからの、人生を終わらせる一撃と言った感じで。。

ご都合主義の映画のストーリーとは違う、ある種のアンチテーゼを感じましたね。。

しかし学校側も子供が玩具の飛行機飛ばしたりもしている河川敷なんだから、ネット張るくらいの対策しないといけないし。。

投げた円盤が当たって人が死んだんだから、これは大問題になるなとかも想いましたね。。

そんな中で話はまたそれぞれに分かれまして。。

例の妹を死なせて完全にいっちゃった兄の方は。。

妹を埋葬した後に、それでは駄目だと想い返したのか。。

掘り起こして妹を食い尽くし、骨を袋に入れて持ち歩いて行くと。。

この辺りはけっこうえげつない感じがしましたね。。

そしたらもう捕まるとかの意識も無さそうに、繁華街の通りのアスファルトに円や升目を連ねて描き、 妹の骨を並べてケンケンパを始めると。。

奇行にも程が有るって感じに観えましたが。。

話だと妹を愛して自らの身体に埋葬したって言う話も有りますから、そうなんだと想うと。。

そうしたら骨から妹の幻影が現れて消えて逝きますと。。

そんなんでこれはやはりファンタジーの要素が有るのかも知れないとは想いましたが。。

こんな血だらけみたいな格好でそんな事してる状況で。。

行き交う人々は殆んどそのままだし、警察は現れないので、そんなにまでアナーキーな街なのかと想ったりもすると。。

それで何だか兄はケンケンパ病にかかったみたいで、その通りでケンケンパをし続けて、その様子をロングショットで僅かにカメラは映し続けると。。

そしてもう少なくとも社会復帰は無理だと言う感じで、兄のこの話での出番は終わって逝くと。。

そんなんで、僕はもう何だかなあと言った感じでしたね。。

そして誠さんも亡くなってしまった後に。。

と言うか同時なのか前後なのかは分かりませんが。。

殺人まで犯した夏子さんの方は、パチンコ屋や本屋なんかを徘徊して彷徨ったりしていると。。

この時は夏子さんの目線に合わせたローアングルのトラッキングショットみたいになってた感じでしたが。。

抱えた袋に入っていた性玩具は、マネキンの子宮部分に胎児の代わりに埋め込んだりしていて、後は何が入っているのかと想ったりもしたと。。

しかし手には殺した胎児を持っているみたいで、これは怪しいなとは想いましたね。。

そしてこの流れで、話によるとゲリラ撮影で話題になった女子高への乱入を行うと。。

名前は出しませんが、天下茶屋駅周辺の当時の女子高と言う事で、ここではかなりのロングショットからの緩いズームイン/アウトで、その状況が映し出されると。。

ここで話によるとオリジナルでは桜田淳子さんのわたしの青い鳥が流れると言う事だったんですが。。

版権の問題やらで元レピッシュの上田現さんの叙情的な鍵盤の楽曲に代わっていると。。

それでまあ監督さんは気に入ってるみたいだけれど、残念だなとは想ったりもすると。。

しかし夏子さんは、映画では頑張ってるなとは想いましたね。。

それで散々に彷徨った挙げ句に、夏子さんは通天閣の展望台だかの椅子に座って黄昏ている感じになりますね。。

廃墟ビルの屋上の火事は鎮火したのか、現場検証なんかが行われていると。。

これも実際の映像らしいですが、ここでもどこでも様々な風景の断片が映し出されたりしますね。。

そんな時に、冒頭でも聞こえた誠さんのはとポッポのハミングみたいなのが聴こえて来たりして、まあ著作権とかの期間は基本的に50年だからなあとか想ったりするが。。

歌詞の著作権は2019年まで存続しているらしいからハミングなのかとか、要らぬ事を考えたりすると。。

そして物語は、冒頭では誠さんの粗い静止画から始まりますが、最期は夏子さんの粗い静止画で終わると言った感じになると。。

そんなんで、あの妹を死なせた兄はもう駄目だとして。。

夏子さんはこの後にどうなるのかなと想いながら、エンドロールを観るのでした。。

(考察やらいろいろ)

とりあえずこちらの(追悼のざわめき)は、以前の劇場で公開していた16mmフィルムではなく、ニュープリントからのHDテレシネと言う事ですが。。

こう言った映画は程好い劣化状態の方が、正にざわめいて僕は良いと想うので、補修し過ぎるのもどうかと想いますが、この際もう劇場行ってなかったので仕方無いですね。。

監督さんはデジタル版は別の物になればよいと言った考えが有るような感じだったので尚更ですが、しかしそんなに変わらないって感想だったので、まあそれはいいと。。

それにまあこの映画の場合は、映像も白黒のモノトーンで、夜やら室内外の暗がりやら雑踏の片隅やら観えない処も多く。。

暑苦しそうでハレーション起こしてそうな昼間やら、フォーカスイン/アウトみたいなのもあって、鮮明ってのを意識したものではないと想うので。。

映像がクリアになってもそれは変わらずで、気にする事はそんなに無かったのかなとも想うと。。

それで想いましたが、この映画はカラーだと鮮明過ぎて逆効果にななり、白黒のモノトーンで色彩をイマジネーションに委ねるのがベストであり、それがともすればグロテスクと言える映像に暈し効果みたいなのも与えていて丁度良いと。。

そんなんで映画の予算は3000万だったとか言われていますので、カラーより金がかかったりする白黒モノトーンの映像は、なかなか拘って創ってるなとは想いましたね。。

それで僕としましては、この映画の雰囲気としては、80年代前半に創られ、バブルの盛りに公開されてと言うよりは、70年代以前辺りの映画の雰囲気に近いように感じはしましたね。。

まあ白黒モノトーンだったってのも有るかも知れないし、街の雰囲気がどちらかと言うと戦後からそんなに変化が無いところだったからかも知れませんがね。。

しかしやはりこの手の映画と言うのは、何かATGや日活ロマンポルノ辺りの作品の延長にありそうな感覚がしたからだと。。

まあこの松井良彦監督さんは。。

どうも大島渚監督辺りを敬愛し、石井聰亙監督なんかと自主映画グループの狂映舎で映画制作に携わりって初作品の(錆びた空缶 79年)を発表し。。

寺山修司監督なんかと懇意になって2作目の(豚鶏心中 81年)を天井桟敷館で長期間上映されたりしてと言う事だし。。

出演している方は素人みたいな人が多い中で、主役と言える佐野和宏さんて人はピンク映画出身だし、ホームレス役の大須賀勇さんは暗黒舞踏の方面だしで。。

こうした感じの制作会社やら人々からの影響の中で培われて来たところが、この映画には有るかとは想えたりはしましたね。。

それで(豚鶏心中)なんかは寺山修司監督の影響が伺えましたが。。

(追悼のざわめき)に関しては、やはり田中登監督の((秘)色情めす市場 1974年)との共通性を感じたりは僕もしましたかね。

まあなんとなくですが。。

それは、釜ヶ崎ロケ、隠し撮り、鶏、爆発、ドキュメンタリータッチ、障害者、近親相姦、群像劇風、通天閣と鐘の音、ドール、ほぼ白黒、等々のところや。。

混沌とした街を主体に撮していると言った点がですがね。。

しかしこの映画作品も、完成した時は122分だかの長さだったけれど、最終的には会社に切られて83分になったとか言うように。。

DVDのパッケージとかの画像のシーンとか出て来なかったりして、 時間の制約が有ったところがマイナスだったかなとも想ったりしたと。。

まあ映画なんてどれもそんなもんなのかも知れませんがね。。

それで(追悼のざわめき)にしても、元々のフィルムは4時間分有ったらしいですが、プロの編集の高島健一さんらが削って今の時間になったって事らしいですしね。。

こっちはそれでも150分の作品なんだから、それで良いのかも知れませんがね。。

それで後の作品で類似した雰囲気の映画となると。。

その時間の長さも近いしで、荒戸源次郎監督の (赤目四十八瀧心中未遂 2003年) だとか想いましたが。。

こちらは原作の小説の方が良いのかも知れないから、それがオリジナルを求める傾向の僕にはマイナスでしたかね。。

まあ好きな映画の方ですけれど、こうして色々と考えてしまいますかね。。

そして音の方はオリジナル音源からのデジタルリマスターで、この映画にかなり共感していた元レピッシュの上田現さんが書き下ろした楽曲が2曲だか追加されてと言う事ですかね。。

なんだかレピッシュと言えば、90年前後のけっこうミーハーなスカバンドって印象でしたが、この人はこう言った方面にもいってるんだなとは想いましたね。。

しかし上田現さんは2008年3月9日に亡くなっているのは知っていたのですが。。

このデジタルリマスターに楽曲を提供したすぐ後と言える時期に亡くなられたのを知ると驚いたところですね。。

それで音楽なんかは監督さんも差し替えられたオリジナル版の音楽の方は違和感が有ったらしく、新しいのに変えて納得出来たような話をしていますと。。

そんなんで差し替えられた楽曲も、叙情的な鍵盤に笛みたいな音が入ったりと言った感じのポストロック的な楽曲で、これはこれで言いとは想いますが。。

やはりこれは桜田淳子さんの(わたしの青い鳥)が版権の問題やらで使えなくなったのが一番の原因であり。。

そっちがやっぱり聴きたかったとは想いましたね。。

この監督さんは挿入歌として、初作の(錆びた空缶)では橋幸夫さんと吉永小百合さんのデュエット曲である(いつでも夢を)を。。

前作の(豚鶏心中)では日本や韓国の国歌や童謡の(さくら)を、と言った大胆な曲を使っていますが。。

この映画では(はとポッポ)と(わたしの青い鳥)で良かったのではと。。

映画には鳥がさりげにたくさん映し出されますから、1つのコンセプトとして合ってもいたと言う事なんですかね。。

それでまあこの(はとポッポ)や(わたしの青い鳥)を使うと言うのは。。

これはダークサイドの映画において、狙ったように映画の印象とは違う明るい楽曲やら、インパクトの有るポピュラーな曲を使う事で、その映画の不気味さや恐怖度を上げる効果があると。。

これを考えると、(ソドムの市)でのエンニオ・モリコーネの楽曲などを想い浮かべるところですが。。

それでまあ監督さんがどう想ったとしても。。

映画にしてもなんにしても、奇跡的な傑作と言われるような作品や、ましてやカルト的な扱いを受ける賛否両論の作品と言うものは。。

フランシス・フォード・コッポラの地獄の黙示録なんかを例に、制作者の意図を離れたところから出来上がったりしてとか有りますから。。

その監督さんの考えに沿えばいい訳でもないと。。

僕としてはそんなところですが。。

まあそれでどちらにしても、このような映画は基本的にBGMは極力少な目にして、街の雑音やらその現場の撮影時に実際に録れた音をそのまま過剰に出すのが良いのかなとも想ったりしまして。。

この映画はそんな感じだから、その辺りはいいのかなとは想いました。。

それで1988年度予告を拝見すると、そこで流れている曲が、映画の中でも時折流れているので、それが元々オリジナルから挿入されている曲なら。。

その曲は広義において上田現さんの楽曲にも近い雰囲気だとも想えたので、やはりBGMと言う枠を越えた効果が有ったであろう(わたしの青い鳥)で良かったのかと。。

まあでも新しい挿入曲もインパクトは薄れたのかも知れませんが、これはこれで良しとするところなんでしょうね。。

最悪なのは、この手の白黒モノトーンの過激な映画の場合、インダストリアル系の楽曲を使ったりする傾向が有ったりとか想うのですが。。

そうでなくて良かったかと言う事ですかね。。

そしてリアリティーと言う観点なら。。

特撮映画とかは別ですが。。

エキストラや作り込んだセットなんて、使わないで済むならその物なんだから、それが最高の訳だと想えるし。。

出演する役者と言うのも、その映画だけにしか出演していないと言うのが、他作品と複合しないその映画世界だけのリアリティーを生み出せるので理想かなとは想ったりはしますね。。

しかし現実には役者って職があるんだし、それは難しいところなんでしょうね。。

まあでもこうした観点から言っても、ここで出演している人達は素人が多そうですし、表だった芸能人みたいな活動している人はいなそうなので、その理想に近い方なのかとも想いましたね。。

街の雑踏やら行き交う人々なんかはカメラを隠しながら撮影したりとかも有って、そう言う人々って言うのは本物なんだから、その状況故のアングルの問題とか有りますが、それ以上のリアリティーってないんでしょうしね。。

それで女子高だとかのゲリラ撮影ってのも厳しいところなんでしょうが、やっぱり撮影において一番気になったのは、何より屋上の放火シーンが一番となりましたかね。。

校内に侵入するくらいなら怪我人でも出なければ大した罪でも無かったと想いますが、放火は大罪になりますからね。。

それでどうもこの放火に関しては、事前に煙が上がると言う届けを出したとか言う話ですが。。

予想以上に燃えて、カットが入ったらスタッフが迅速に消火器で消してとか言う事らしいですね。。

それはあれだけ街中のビルで煙が上がったら消防車や警察が来るのは当然で、消化後にその消防や警察が来てる映像は本物だと。。

そんなんで一歩間違えたら大事件となるこのラスト辺りのシーンは、最も貴重なのかとも想いましたね。。

そう考えるとソフト化してなかったのは、出回って犯罪を指摘されるのが不味いからとりあえず時効を待ったとか。。

他にも差別やら動物虐待やら盗撮やらに観えるシーンの事で、何か訴えたり抗議する個人や団体とかが出てくる可能性を下げる為だとか邪推したりしますが。。

まあそれは違うんでしょうね。。

そしてこの映画が特別に扱われた理由は、やはりソフト化されていなかったのが大きな一因だったとも言う訳で。。

こうしたソフト化されずにいた映画ってのは、例えば(シェラ・デ・コブレの幽霊 6?年)みたいに、必要以上に作品が神格化されて凄いもんだと言う事になるところは、少なからず有りそうですかね。。

それでソフト化される前の状況で連想する作品としては。。

その怪しい雰囲気やインディペンデントなところやらで、渡辺文樹監督の(ザザンボ 92年)辺りが近そうですかね。。

アニメとなる (少女椿)なんかもそうですが。。

これらは更にセルフメイドな創りと上映方法にはなっていましたかね。。

しかしこうした類いの映画なんかも、現在はソフト化されたりウェブ上に載ったりして手軽に観れるのもけっこう有ったりすると。。

そう考えますと、それも何だかなと言った気持ちにもなりますが。。

しかしなかなかスケジュールやなんやら合わせられないし、僕なんか正にそれを利用しまくってるので、これも難しいところですかね。。

あと気になったのは。。

何だかやたらと崇高で美しい存在と言う扱いになっている、彷徨う兄と食べられる少女の兄妹の、特に妹の方ですが。。

それはこの作品の子役1本だけしか役者として出演していないからそう感じるんだと想うところも有りますかね。。

しかし100%ではないですが。。

まず子役ってのは、そのままずっと役者を続けて大人になると魅力が下がるのが常だってもんだし。。

NHK連続テレビ小説の(おしん)の子役の小林綾子さんを例に、後にそれを維持したような経歴など創りようがないと 。。

ましてやその1作品にしか出演していない役者ってのは、その作品が何かしらの成功を収めた場合は、神格化されやすい傾向になり、更にセリフは無くてと言う事で、なおさらその存在に神秘性を持たせたりしていると。。

それで何だか調べますと、この妹役の村田友紀子さんと言うのは当時10歳だとかで、300人のオーディションで選ばれたらしいですね。。

そして過去にはジャノメミシンのCMだとかに出てたりしたみたいですが。。

他の作品のオファーも有ったけれど断ったりして、けっきょく引退したって話ですね。。

まあでも結果論として、このあり方は僕としては理想としている、この1作だけの役者像と言う感じがして良いとは想いますし。。

やはりこの作品の事だけを考えた場合は、唯一の映画出演作となるこの状況の方が、ミステリアスさも増して良いのではないかと想いました。。

そんなんで、僕自身はこの少女を特別に想う事は無かったですが。。

この映画をただの混沌とした一方向だけの映画にしない最大の貢献をしているのかもと言うところでして。。

まあ知らないけれど、きっと幸せになってる事でしょうね。。

そんなんで色々考えましたが。。

要はこういったある分野で特別な扱いになる映画やら何でも、偶然やタイミングやら様々な複合的要因によって制作者とかも分からないところで出来上がったりするものだと。。

日本のアングラ気味の音楽で言えば(裸のラリーズ)みたいなのだとか、(村八分)みたいなのだとか、色々ありますね。。

そんな事で、この映画がそうなりえた推測できる要因としましては、70年代辺りまでの日本のアングラやら前衛の文化があった中で、それらを糧に現れた映画監督が。。

80年代と言う一連の文化が終焉を迎えた時期に、寺山修司が脚本を見読んで(映画になったら事件だね)と言われるような脚本を創り上げ。。

そうした一時代のアングラ映画をベースに、それを越えるような試みと挑戦を行うと。。

それでその脚本なんかを元に、人脈やら色々と使って、一般人を含めた味の有る役者やら、プロデューサーやら、撮影監督やら、色々と集まって、インディベンデント故に時間やら規制やらを設けないで精一杯に創ったと。。

しかし金には限度も有るし、撮りたい気持ちも有るしで、ゲリラや隠し撮りや放火やらの行為もリスクを投げうち撮影したと。。

そして編集された作品は、混沌とした街を張り合わせたように幾つも映し出し、複数の登場人物の視点で進む物語と言う事で、難解にも、意味不明にも、奥ゆかしくも、前衛的にも観えたりすると。。

更に何だかタブーを求めるラブストーリー故に、美しくも、醜くも、汚くも、崇高にも観えると。。

そして内容的にも限られますが、上映できる映画館を見付けられて、その内容やら色々と一部の人々に興味を持たれたのか好評を博し、ロングランを続けたり各地で上映されたりすると。。

それでその後にはソフト化もされずに、カルト方面の人々から伝説化されたりして逝くと。。

そうした中で、映画自体はその内容やら撮影状態からも予定とは違うところも多かったと想われます。。

一発勝負のゲリラ撮影やら放火撮影やら。。

役者さんも即興的なところも有ったのかも知れません。。

前述の編集やら様々な人の作業の頑張りが有った事でしょうし。。

ぴあフィルムフェスティバルの前身で出会った巨匠たちのアドバイスや協力も有ったのかも知れません。。

これは映画ってものは何れもそんなものでしょうがね。。

そして監督さんは成長期やらで在日の友達との交流や差別を体験する経験が有ったりしたのが、映画に反映されてるってのも読みましたから。。

だからそうしたマイノリティが中心となるような映画ばかりなんでしょうね。。

そして人々が観るに至った要因は、マイノリティ観たさ故とかも有ったかもしれませんがね。。

そしてこの監督さんは、この後はずっと何も発表しないで、2008年に新作の(どこにいくの?)を公開したと言う事で。。

けっきょく現在の2018年に至るまで、1作目から約40年で4作しか創っておらず、他の活動とかそんなにしてなさそうなのに、えらく寡作とも言えますね。。

何だか監督さんは映画の配給会社をやっててとか実家が土地を持っててとか言われてるのを見ましたが。。

よく分かりませんが、生活に余裕が有ったと言うのも一因かも知れないとか。。

まあ想像が多い感じで色々と考えたりしましたが。。

とりあえず日活ロマンポルノが終了した1988年にちょうど公開されて。。

AGTが終了した1992年を越えて中野武蔵野ホールが閉館する1994年まで盛況の上に上映された(追悼のざわめき)は。。

そうしたマイナー映画の終焉期に積み上がった先に現れた異作だったのかと想ったりしましたと。。

それで(追悼のざわめき)から20年以上経って公開した、DVDソフトが発売された原因とも言える(どこにいくの?)と言う作品ですが。。

まあこの作品とかは今のところ興味はないですね。。

なんだか監督さんはこの(追悼のざわめき)で、こうした方面はやりきったみたいな事を言っていましたし、そんなに紹介を観ても気にはなりませんでしたのでね。。

別にいい映画なのかも知れませんが、求めているのが臨界点にあるようなところがありますのでね。。

これは僕としましては、エミール・クストリッツァ監督における(アンダーグアウンド 1995年)に近い感じですね。。

それでまあ、この(追悼のざわめき)みたいな扱いを受ける映画って、どんなに頑張ってもそう創れるものじゃないですからね。。

どんなに正当にいい映画だろうと、そう言った特別な映画に成り得ないもんだと想いますからと。。

まあそんなんで(追悼のざわめき)は頑張って創ったんだろうなと言う事で、これからもいい映画を創って下さいと想いますね。。

(最後の感想とか)

この映画は僕としては十分に楽しめましたね。。

障害や差別を強調したような表現なんかは僕にはどうでもいい感じでしたが。。

それよりもこの様な無法地帯とも言われていた釜ヶ先周辺でのロケと言う事で、その風景やら行き交う人々やら端役の人達なんかに興味が湧いて、150分と言ってもそんなに長さは感じませんでしたね。。

まあ話はそうした映像がランダムに現れるようで、3つの物語が交差する感じですし、なかなか1度で理解するのは難しいとは想いましたがね。。

と言うか各キャラクターの情報も少ないし、この雑然とした街でのある一時の一部を覗くと言う感じで、理解をしろと言う事では無いのかとも想いますがね。。

それで起承転結と言うものがはっきりしないと言う感じもしましたが、とりあえず誠さんとマネキンを軸とすれば、話は出来上がるのかと。。

それでどうでもいい考えですが、楽しいので推測しますが。。

じゃあ誰が真の主人公なのかと。。

そう考えた場合は、誠さんが基本的に主人公となるみたいですが、3つの物語を繋いだマネキンだとも言えると。。

しかしこの物語のハイライトとなるラストにおいてのゲリラ乱入や放火を行い、主要キャラで唯一五体満足で最後まで生き残り通天閣から世界を俯瞰する位置にいるような夏子さんこそ主人公なのかも知れません。。

他に候補を上げるとすれば。。

圧倒的な存在感を示す、兄に食べられる妹となる兄妹ですが、彼らは主人公側の汚れた世界を二人で一身に受けるような助演役だから際立つと言う事だと。。

そしてもう1つの物語を覗かせるホームレスはその主演側と助演側を結びつける繋ぎ役となると。。

そう考えますと、主人公は夏子さんだと言う事になりますが。。

そうではなくて、けっきょくはこれら総てを含み、映し出される総てを包み込んでいる、彼らが生きていたこの街だと言う事でしょうかね。。

それで僕は何度か大阪は訪れたとは言いましたが。。

けっきょくその頃は箕面渓谷とかUSJとか道頓堀界隈とかで、こっちの釜ヶ崎周辺辺りは考えに入っていなかったんですよね。。

それで唯一僕がこの近くを訪れたのは、ちょうど2000年の秋あたりで、この頃は釜ヶ崎とかは殆んど知らなくて、元市バス操作場跡に出来たフェスティバルゲートとかで遊んで、通天閣の傍まで行って帰って来てしまいました。。

でも映画を観て、機会があってまた大阪を訪れる事があったら、釜ヶ崎周辺を必ず訪れてみようと想いましたね。。

撮影当時から30年余も経つので、前述通り阿倍野近鉄百貨店はあべのハルカスに変わったし、ホームレスが多かった天王寺公園も有料化したりやらで、他にも沢山変わってるんでしょうがね。。

映画には他にも労働福祉センター周辺、鯛よし百番を含む飛田新地辺り、ジャンジャン横丁やら色々と映っていると言う事ですし。。

土地勘ないので詳しくないですが、歩いてみたい処ですし、通天閣も昇ってみたいですね。。

そう考えますと、こちらに近い辺りに住んだりしている方達なんかは、この映画を観たら楽しいんじゃないでしょうかね。。

僕もヴィム・ヴェンダース監督の(夢の果てまでも)を観た時に、小田急線のシーンなんかが出てきて楽しかったですからね。。

しかしこうして((秘)色情メス市場)やこの映画を観た後なら、僕も映画とシンクロさせて、それはそれで楽しめそうですけれどね。。

そしてこの映画はとても美しいとか汚いとか賛否両論言われていますが、僕としてはどっちでもなく、普通ですね。。

探せばこちら程ではないかも知れませんが、何処の街でも似たような処は有ると想いますからね。。

人も普通で、造られ過ぎてるテレビドラマや商業映画ってのが虚構の美しさを造り過ぎていていて非現実的ってもんですよ。。

兄に食べられる妹だって夏子さんだって普通であって、特別に美しくも汚くもないと。。

僕もあなたも誰もみんな美しくもあり汚くもあると言う想いですね。。

あとそう言えば。。

意味不明だった妻を追悼する入れ歯の年輩の人も、妹を食べた兄が少年時代、誠さんが青年時代、ルンペンが中年時代、入れ歯の年輩の人が老人時代、と言う事で。。

輪廻として表現していると言う話が有るので、成る程そう言うコンセプトが有るからあの映像が入るのかとも想いました。。

そんなんでこの映画は複雑な処も有って、僕としては何度か観て楽しめたし、その時代の風景や空気をリアルに楽しんだりも出来るので、印象に残るいい映画にはなりましたね。。

まあ何でも好きな人もいれば嫌いな人もいるって事で、勧めもしないし、観るなとも想わないと言う事で、終わりたいと想います。