田立の滝 主瀑 天河滝 公称落差40m その他の滝群 2002年9月 2005年6月17日 2014年5月22日 2017年5月17日 長野県木曽郡南木曽町田立大野正兼 日本の滝100選掲載順カウントアップ28/100

この「田立の滝」に関しましては、2002年の夏頃に最初に訪れた記憶がありますね。。

その後の2005年5月22日、2014年5月22日 と過去に3度訪れましたが、改めて2017年5月17日に訪れてきました。。

長野県は13561.56km2と日本の都道府県で第4位の広さが有りますが、人口は2087992人と第17位となりますね。。

面積が広いと人口密度は低くなるのは常ですが、面積で上をいく北海道、岩手県、福島県よりはやはり高いですね。。

長野県は僕の住む神奈川県の厚木市、相模原市から中央道で楽に向かえる県ですから、訪れた頻度は高いですね。。

またまた中央道ですが、考えますと僕の過去に利用した高速道路の使用頻度は、東名高速よりも中央道が最も多かったと想ったりしましたね。。

そんな事で僕としましては。。

長野県は大枠として、関越道から上信越道で進む方面も有りますが、中央道沿線エリアと言う印象になりますかね。。

そして中央道を神奈川県から進むと、先ずは山梨県となりまして、その次に有るのが長野県となりますね。。

そんな事で、山梨県は下道も交えて日帰りで行き来するエリアと言う感覚になりますが、その先の長野県は今までの感覚で言えば、1泊で訪れる最寄りの県と言う感じでしたね。。

しかし長野県は広いと言う事で。。

僕の感覚としての大枠の地域分けをしますと。。

冬季はスキーやスノーボードで日帰りを中心に訪れたりする中央道でも、岡谷JCT手前の長野県で近い位置となる諏訪湖近郊エリア。。

岡谷JCTを右に曲がる感覚で長野自動車道を走る、松本市近郊から白馬.八方尾根、そして長野市まで続く岡谷JCTから北エリア。。

そして岡谷JCTから左へ曲がる感覚で、中央道を名古屋市に向かう岡谷JCTから南エリア。。

この3エリアと言う大枠分けと言う感じでしたね。。

もちろん長野県は他の地域も有りますが。。

佐久市から上田市辺りとなります、関越道から上信越道に曲がる軽井沢や草津温泉がある浅間山麓を中心としたエリアは。。

埼玉県から群馬県へと関越道を使い、前橋市や高崎市を起点とした延長で考えてしまいますので、群馬県を意識してしまい、何県と言う印象が薄くなるんですよね。。

そして僕の感覚での岡谷JCTから南エリアと言う枠ですが。。

中央道が通っています伊那市や飯田市の在る飯田線沿線のエリアは、このエリアならば高速道路よりも木曽路となる国道19号線を僕は利用する事が多く、岡谷JCTから左へと言いましても国道の19号線沿線となる感覚ですね。。

なんだか神奈川県方面からですと、木曽路の手前を中央アルプスで隔てられている飯田線沿線のエリアは、中央道に乗っていても通過するだけとなる事が多く、長い恵那山トンネルを越えたら別地域で、訪れる頻度が極端に少なくなってしまっていますね。。

さらに岡谷JCTから右のエリアでも、県庁所在市の長野市辺りまで行きますと、なんだか妙高高原や日本海を意識してしまい新潟県の印象が混ざって来てしまうんですよね。。

しかし逆に言えば長野県は日本1の8県が隣接する海の無い日本最大の内陸県であり、この隣接する8県を訪れる時はどの県でも長野県と言う印象が混じるのも確かですかね。。

結局のところ、都心を中心としたら西側に住む僕には長野県は1泊で訪れる頻度が最多であった都道府県と言えますかね。。

たぶん都心を中心として東側に住んでいたら栃木県がその役割を担ってくれたかと想ったりしますね。。

そして長野県に最も近い印象となる県は、面積は長野県に次いで都道府県中で第5位の新潟県であり、東側に住んでいたらその役割を第3位の福島県が担ってくれたかと想いますね。。

そんな事で向かいますが。。

何度も通りました中央道や、甲州街道である国道20号を使いまして、塩尻市を起点に中山道であり木曽路である国道19号線を進むと。。

この方面に行く時は中央道を使うとしましても、中津川ICで降りるとかでは無くて塩尻ICで降りて号線19号線を使ってしまいますね。。

もちろん高速代をケチると言うのが主旨ですが、なんだかこの塩尻市から進む国道19号線は走りやすい気がしましたね。。

ゴチャゴチャしないで中央アルプスと御嶽山系の山間部を程好い傾斜とカーブで進み信号も少ないと。。

奈良井川と木曽川に沿って中央本線と一緒に進む地域の大動脈ですかね。。

そんな事で調べたら木曽高速なる俗称があるらしいじゃないですか。。

この塩尻市から中津川市の間の約90kmは高速道路に乗らなくても遅れは少なくトラックの運行も多いとか。。

上り8650m下り8490mの恵那山トンネルを通ると高速代も高く付きますからね。。

そんな事でスピード超過による事故やら色々と問題になっているらしいですな。。

地域の方には色々と問題も有るのかも知れませんね。。

しかしこの間に、道の駅が沿線を含め今は8駅も有るとか知らなかったですが、今もなかなか熱い道なんですね。。

そして浦島太郎が玉手箱を開けた地であると言う、木曽川の水流による花崗岩の侵食によって創られた名勝地「寝覚めの床」を過ぎて行くと。。

以前に観た「寝覚めの床」の風景を想い出しながら進みましたわ。。

まあ僕はこのエリアは「妻籠宿」「馬籠宿」「奈良井宿」などの中山道の宿場町も訪れましたし、ついつい手軽な19号線沿いに在る観光地として「寝覚めの床」にも何度かよりましたが。。

この「田立の滝」は今回で4度目の訪問と言う事で、国道19号線を使う目的として最も多かった理由は、この「田立の滝」を訪れる為だったと言う事なのかなと想ったりしましたね。。

中山道とは江戸幕府が1601年から7年をかけて整備した江戸を起点とする主要な陸上交通路である5街道の1路で、江戸と京都を約530kmだかで結ぶ街道で69ヶヶ所の宿場町が置かれていたと。。

当時は栄えた主要幹線道路だったと言う事ですな。。

今も色々と事情も有りで、物資を運ぶトラックがビュンビュン飛ばして走ってるんですな。。

こちらを通ると宿場町の看板などが目につき、馬籠峠を歩いた記憶が甦りましたわ。。

そんな事で「妻籠宿」に曲がる国道256号線を過ぎまして、5km弱で国道19号線から「田立の滝」に向かう県道6号線だかに右折ですね。。

この先で国道19号線は橋で木曽川の左岸を進み数多い道の駅の1つが有りますな。。

こちら側には中央本線の田立駅も在りますね。。

1898年に町村制の施行により山口村との合併分離を経て田立村が出来まして、1961年に読書村と吾妻村との3村の合併により南木曽町が発足し現在に至ると。。

南木曽町の面積は215.93km2で、そのうち94%が森林であり7割が国有林でありると。。

そして木曽川を中心にその支流の丘陵地帯に与川、北部、三留野、妻籠、蘭、広瀬、田立の7集落が在り、約4400人の方が暮らしている町であると。。

南木曽町の在る西筑摩郡も1968年に改称して木曽郡となると言う事ですが。。

色々と地名が変わる中で、この田立村と言うのは駅名としても100選滝に選ばれた滝群の名称としても残っていて良いなと想ったりしましたね。。

僕の住む近隣の綾瀬市なんかは駅が無いですからね。。

そして「田立の滝」と言うのは、滝名でも渓谷名でも無くて、南木曽町西部の木曽川支流の大滝川(坪川)上流に懸かる滝群の総称であると。。

と言う事は、「田立の滝」と言う名称は、昔は田立村の滝群であり、今は田立区を落ちる滝群の総称と言う事に僕は受け止めましたからね。。

進んで行きますと程よく開けた丘陵の田園地帯を、程よく登っていく感じになりましたかね。。

南木曽町は2016年度の時点で加盟町村数64と言う「日本で最も美しい村 連合 」に加盟しているらしいですな。。

観光の広報活動などをする特定非営利活動法人らしいですが、この南木曽町には中山道の主役スポットである「妻籠宿」が在りますので強力な観光資源かと想いましたが。。

神奈川県に住む僕が日々の中で話をする限りだと、なんだか長野県の中では、前述の僕のエリア分けで言えば、この岡谷JCTから南のエリアであります塩尻市から名古屋市の間は、あまり訪れる人が少ない印象が有りますね。。

これはやはり、有名な避暑地の軽井沢や、白馬辺りの一大ウィンタースポーツエリアや、アクセス良好な諏訪湖辺りのエリアなどに、こっちの人は向いてしまう傾向が強いのかも知れないとか想ったりしましたね。。

しかしここはと言うか、だからこそ良いエリアかと想いましたがね。。

別にアクセスは悪くは無いですしね。。

でも以前に御岳などのスキー場に行こうとしましたが、中央道から少し遠いですから止めた記憶が有りまして、そっち方面は微妙に面倒だったかも知れませんね。。

しかしこの辺りまで神奈川県から南アルプスや諏訪湖を越えて山間部の木曽路を進むと、名古屋市の印象が薄れるのですが。。

名古屋市圏からなら100kmも無い近さですから、そちら方面の人達には馴染みなのかも知れないとか想いましたね。。

僕は名古屋市方面に行く場合は東名高速代から向かうのが常で、これより先に国道19号を進んだ記憶が無いのですが。。

この先少し進めば、南木曽郡の山口村が越県合併した人口約8万人の中津川市になりますから、少し賑やかになってくる感じなんですかね。。

民家が点在する田園地帯を抜けて森林の中に続く道を進むと。。

田立の滝オートキャンプ場を横切りますな。。

最初に来た時は、確かこのキャンプ場でテント泊したのを覚えていますね。

何がどうしてそうなったのかは記憶に無いのですが。。

夕方の暗くなりかけた時に着いて、誰もいないから入口の受付に表示されていた管理者だかの電話番号に連絡し、現れた方に料金を払って泊まらせて頂いたのを覚えていますね。。

今はトップシーズンだけ営業しているのか分かりませんが、この池だかと鄙びた感じのバンガローは覚えていたので、懐かしく感じましたね。。

そして進むと道は二俣に別れ、右に行くと「うるう滝」が少し進めば在るので、先ずはこの滝を観ると。。

前述通りに「田立の滝」と言うのは大滝川(坪川)の上流にかかる滝の総称と言う事ですが。。

この「うるう滝」だけは大滝川(坪川)では無くて、1つ尾根を隔てた支流の立石沢だかに落ちていると。。

そう考えますとこの「うるう滝」の存在が。。

こちらの数ある滝群が、大滝川(坪川)の上流にかかる滝群の総称の名称だと言う渓谷名を使用する名称から範囲を広げ、「田立の滝」 と言うこの地域一帯の滝群の名称として使用すると言う、別の必要性の意味合いを持たせる事に一役買っているのかと想ったりしましたよ。。

とりあえず向かいますと、「うるう滝」下流を渡る橋の先のスペースに看板が有り、車を停めれば、上流の向かって左から「うるう滝」が落ちているのがなんとなく観えますね。。

沢の左岸に刻まれる踏み跡を軽く進めば観えますね。。

落差は約40mだかなんだかばらつきが有るので分かりませんが、其れなりの高さは有りましたかね。。

なにか岩間を複雑に落ちる滝と言う印象ですね。。

そうしましたら、名の由来は水が落下するときに岩に当たり、らせん状にねじれながら滝つぼへ落ちる事からついたと言う事でして、確かにですな。。

この滝は過去に来た時に3回とも観ていますので、今回は訪れませんでしたね。

実は2005年6月17日に訪れた時は「田立の滝」の登山道が通行禁止だかになっていて、この「うるう滝」だけを観て帰ると言う事になったんですよね。。

これはその時の写真ですね。。

なんだか今想えば、車の長距離ドライブで辿り着いたら、ここで少し休憩して、大滝川(坪川)本流の「田立の滝」の登山道入口に向かえたらな、と言う気持ちになりましたかね。。

そんな事で。。

「うるう滝」から二俣に進み、砂防ダムが造られている大滝川(坪川)を渡る馬小屋橋を過ぎて、その先進んで登りの道に右折すれば、「田立の滝」の入口となる登山道が奥に在る粒栗駐車場(粒栗平駐車場 ) に着きますな。。

まあ国道19号からは紹介の看板によると7.6kmですし、看板はなんとなく有りますし、軽くゴチャゴチャしますが、迷わずに楽に着く感じでしたかね。。

僕が訪れる時はだいたい空いているのでこのベストポジションの砂利の駐車場しか知りませんが、こちらは3段で約50台だかの駐車場になっているんですかね。。

トイレ、登山者記帳、水場、休憩所となる東屋などが有りますと。。

こちらは粒栗駐車場と言う事ですが、()を付けた通りに粒栗平駐車場とも言われているらしいですな。。

どうもこの大滝川も()をつけて2名称を書いて来ましたが、坪川とも呼ばれていると。。

なんだか名称がゴチャゴチャしていますな。。

どうも国土交通省の河川管理では「坪川」と称されていますが、地元での通称名は「大滝川」と呼ばれていて観光用には大滝川と記載されていると言うらしいですね。。

なら地元の方もそう呼んでいるなら、大滝川で統一出来ないのですかね?

この件については、僕は地元の方の呼称を優先し、とりあえず大滝川と呼ぶことにしましたね。。

そして粒栗駐車場と粒栗平駐車場の違いに関しましては。。

どうもこちらの大滝川の滝群が点在する渓谷は粒栗渓谷なる名称が使われていたりしてるじゃないですか。。

この大滝川に落ちる「田立の滝」の滝群が在る渓谷は粒栗渓谷であると言う事ですかね。。

そうなると粒栗駐車場と言うのも分かるのですが、粒栗平駐車場と平の字が付くのを考察しますと。。

どうも田立村の名称の由来は。。

この田立地区は阿寺山脈のやや急な南斜面にありまして、戦国時代に戦乱で壊された都の神社仏閣を直すために、山は伐り尽くされ、里から丸見えになって、「霧ケ滝」、「天河滝」、「不動滝」が縦1本になって、滝が立ったように見えたのでタルダチと言い、タダチになったと言う話ですから。。

そのような急峻な渓谷と地域において、この駐車場の場所は平だから平と言う字をプラスしたとかじゃないんですかね?

そして粒栗と言うのは、南木曽郡は栗の産地だと言いますから、この「田立の滝群」が落ちる大滝川の渓谷であるこの辺りも栗が産出されたから粒栗渓谷って名が付いたんじゃないんですかね?

なら何故に粒栗渓谷にかかる滝群では無くて、大滝川にかかる滝群の総称である「田立の滝」と表現したりするのですかね?

色々と歴史ある木曽路の近郊は奥ゆかしいところと想いますが。。

はっきり言えばどうでもいい事ですので、これに関しましては大滝川に落ちる滝群と僕は呼ばせて貰いますね。

沢山の看板やらが立っていたりしますね。。

こちらには遊歩道とも書かれていましたが、ここは登山口であり、色々と拝見しますと、こちらを進むのは登山であり、渓谷道と言うよりも登山道であると言う事ですかね。。

なら頂上はどこなんだと想いましたが。。

どうも案内板にも表記されている、天然公園と言うこちら大滝川の源流部となる高層湿原帯であると言う事ですかね。。

季節には水芭蕉や石楠花が咲いたりする、展望台も有るピークは1580mの木道が有る湿地帯の平原であると。。

木道には岐阜県側の夕森公園や、同じ南木曽町に在る「柿其渓谷」に向かう道も有ると。。

平原ですから頂上と言うのも微妙ですが、この名称がまた登山と言うには分かり難かったですね。。

僕自身はこのような書き物を始めたおかげで、色々と観過ごしたり中途半端なところが、ここに来まして少しは成長できたような気がしましたよ。。

実はこの「田立の滝」には、今まで3回来まして、2回目の時は通行止めで仕方無かったのですが。。

1回目と3回目に訪れた時も、けっこうその様な方もいるんじゃないかと想いますが、主瀑と言われる「天河滝」を観て引き返してしまっているのですよ。。

ですから今回はとりあえず「田立の滝」と言われる渓谷の最後まで行こうと言う目的で、また訪れさせて貰ったのですよ。。

ですから「天河滝」より上の事情はカラッカラでしたのを恥じるところですね。。

そんな事で反省もしつつ、過去に訪れた事を振り返りますと。。

熊の出没注意の看板は、僕の店の在ります相模原市でも出没しますし、今は常の用心事となり心得ていますが。。

金が絡むために最重要となるかも知れません自然環境整備協力金の200円の徴収箱が問題となってくるところですかね。。

この類いは「阿寺の七滝」でも書かせて頂きましたが、後述させて頂きます。。

そんな事ですが。。

とりあえずこの登山道入口の駐車場一帯で最も覚えていたのは、竹筒から落ちる水場の水が綺麗だった事ですかね。。

こちらでこれから向かう最後に、トイレの壁にデカデカと設置されている「田立の滝群案内図」なる物を最大の基準としまして、 大滝川に落ちるいくつもの滝の総称と言う「田立の滝」の滝は幾つなのかをまとめさせて頂きますと。。

別位置である先程の「うるう滝」 、大滝川の下流から「らせん滝」「洗心滝」「霧ヶ滝」「天河滝」「不動滝」「鶴翼滝」「そうめん滝」となり「はこ渕」なる渕が在ると言う事で、ここでは8滝と1渕が在ると言う事で向かう感じになりますかね。。

最初の滝「らせん滝」まで50分、主瀑「天河滝」まで1時間10分、頂上である「天然公園」まで3時間と言う事ですね。。

それではこれから向かいますが。。

「田立の滝」は、辺り一帯が尾張藩の留山(伐採が固く禁じられていた山)となっていた為に、干ばつの時に雨乞いに登る以外は固く入山を禁じられていたと。。

尾張藩が山を伐り出した年に村は大雨にあい、それを山霊のたたりと恐れた村人は、以降村の代表のみが雨乞いのためだけに立ち入ることが許された神聖な場所としましたと。

時が経ち1887年頃に、測量なども学び、篤学の人として知られる地元だかの宮川勝次郎さんが、滝見物に1人で出かけて滝の美しさに魅せられたと。。

宮川勝次郎さんは迷信を破り、村人の反対にあいながらも、この滝の美しさを世に知らしめるために秘かに私財を投げ打って登山道を切り開き、その情熱が村人の心に響き、村をあげての開発が始まり1911年にようやく完成したらしいと。。

日本の公園の父と言われる本多静六林学博士は、滝とともに滝上の渓谷は正に日本の代表的景勝であると折紙をつけたと。

そして1925年には日本百景のひとつとなり、いっそうの名を高めたと。。

1947年には滝上にある天然公園も含めて長野県立公園になったと。。

1974年には長野県の名勝にも指定されていると。。

なんだか「仙娥滝」のある昇仙峡の遊歩道を築いた長田円右衛門さんやら「浄蓮の滝」の遊歩道を築いた安藤藤右衛門さんやら、渓谷道や登山道にはこの様な話が多々有りますかね。。

その様な話を聞きまして、心に念じて200円の協力金を払わせて頂きましたよ。。

といきたいところでしたが、この時は全く知らないで、普通にポストに200円を投函させて頂きましたね。。

進みます。。

なんだか標高の記述もまちまちに感じましたが。。

どうもスタート地点の「粒栗駐車場」辺りは標高790mくらいですかね。。

よく分かりませんが、とりあえず歩いて行きますね。。

この「田立の滝」の登山道は、2008年春から2011年春まで3年間も治山工事の為に入山禁止になっていたらしいですな。。

何だか億単位で費用もかかったみたいですから、200円の協力金を徴収しても極一部にしかならなそうですな。。

しかしこの登山道は全体やら一部やら通行止めは頻発していそうで登山道の維持は大変そうですね。。

南木曽町は昔から急峻な地形や花崗岩の軟弱な地質や集中豪雨などで土石流などの災害が多かったらしいですからね。。

森林破壊や治水事業の問題も有ると言う事ですが。。

なんでも江戸時代の築城、武家屋敷建築などで木材確保の為に、南木曽町辺りの森林伐採が進み急速に樹木が失われたと言う事を言われていますが、前述の「田立の滝」の名称の由来がそもそもですからね。。

これからはこの辺りもリニア新幹線の工事の影響が色々と有るかも知れませんな。。

始めは少しばかり大滝川沿い近くを歩き、すぐに「八ヶ瀬」と言う観賞ポイントの説明板が。。

川が八つの瀬に形を変えて落下するところから名が付いたと言うらしいですな。。

ここには、この一帯は「粒栗渓谷」に属していると言う事が書かれていますね。。

僕は(この一帯は)と言う言葉が気になりまして、お隣の「柿其渓谷」なども含めた一帯の事かと考えたり、この駐車場付近の事かと考えたりしましたが、よく分からず、結局この渓谷は「粒栗渓谷」と言う名称も有ると言うなんでしょうね。。

さっきも言ってしまった、本当にどうでもよい事なんですけれどね。。

なんだか川から少し離れて進む登山道から軽く開けた踏み跡が延びているので渓相を観た筈ですが、よく覚えていませんね。。

大滝川の渓谷の流れ全体が其れなりに複雑に観えて、僕には判別が難しかったんでしょうね。。

更に進んでいきますと。。

考えたら、スタート付近の「八ヶ瀬」から、最初に案内板に表記されていた「らせん滝 」まで、滝や渓谷を観た記憶が有りませんね。。

要は最初の1時間くらいは森林を楽しんで、登山道を登って行く感じですかね。。

進むと「石の上にも300年・さわら大師 」なる石の上に根をはったさわらが、5本ばかり立っているらしいと。。

こちらの地方では、大きな石や木の切り株や根付きの木などが混じった 「蛇抜け」と呼ばれる土石流が特徴の土砂災害が多く発生するらしいですね。。

それとは別によく根付いているんですな。。

ここまで入口から370m、「霧ヶ滝」まで1780mなど距離標示はまめにされている感じですかね。。

大滝川から少しつづ離れて行くように進みますと、「しし岩」なる説明板の有る岩を横切る事となると。。

なんでも昔に猟師がこの岩で八方から猪を取り囲んだら消えたと。。

なにかとこの様な観賞ポイントを観落としがちな僕ですが、何故かこの岩の事は覚えていましたね。。

説明板はかなり年季が入ってそうですかね。。

そこそこの登りを九十九折れっぽく登山道は延びていますかね。。

なんでも江戸時代に尾張藩による伐採禁止の政策で保護の対象となった「ひのき・あすなろ・さわら・こうやまき・ねずこ」 は木曽5木と呼ばれているらしいですな。。

けやきを入れて木曽6木とする場合も有るとかで、その様な森林の中を進んで行く感じなんですかね。。

其れなりに高度を上げて森林の中を進んで行く感じですが。。

先程の「霧ヶ滝」まで1780mと標記された「さわら大師」1470mから「霧ヶ滝」を基準とした残りの距離標示が「もみたろう」1260m「けやきちくん」740m「ひのきイチロー」530m「まきちゃん」「つがえもん」と木の紹介と共に標記されていますね。。

一本調子になりやすい登山客に、和やかさを交えて木曽の木を紹介するのは良い事かと想いますかね。。

距離標示は細かく有りますな。。

たぶんこれ等が標記された焦げ茶色の看板は、治山工事以降の新しい物なんでしょうね。。

そんな事で、ひたすら木曽の深い森林の中を進んで行くと。。

まあなんだかんだで、僕は距離標示がまめに有ると安心できるし良かったりしますね。。

進んで行くと、「不動岩展望」とかの看板が有りますね。。

今回はけっきょく「不動岩 」まで行ったのですが、何故かここら辺りからの「不動岩」の遠望は、観たはずですが写真も無いし、記憶も薄いですね。。

たぶん足元ばかり気にしていたんでしょうね。。

「しし岩」や「八ヶ瀬」と同じ白い看板に「天河滝」まで0.5kmと、白い看板は「天河滝」を基準に標記されていますね。。

年季が入っているのでこちらのタイプの看板は昔からの看板ですかね。。

片側は崖でけっこう高度感が出てくる感じかと想いますね。。

この辺りの土道や木道はけっこう年季が入っている感じですかね。。

今写真を観ますと、皆さんが言われている、恐怖心を煽るコースだと言う言葉の片鱗が伺えて来るのかと。。

でもこの辺りを通った時は疲れていたのか何なのか、普通に通って行った記憶しか無いですね。。

なにか僕はここに過去3回来ていますが、適度な登りを小1時間登って主瀑の「天河滝」とその下流の「霧ヶ滝」を観た記憶しか無かったのですよね。。

しかし今回の再訪では其れなりに確りと観ようとしたのですが、今までの観賞が杜撰であったと良く反省出来た来訪となりましたね。。

「不動岩」の遠望は、相変わらずで忘れていますけれどね。。

最初からそうだったのですが、この辺りの木道はかなりヨレヨレの感じを僕も受けましたね。。

斜面のトラバースルートと言う感じですが、まだ斜面の角度に余裕も有る感じですし、味が有って僕は好きですが、整備するのも大変だと想いましたね。。

そして入口から約2kmで標高差200mだかは分かりませんが、けっこう登って来た末に、遂に「らせん滝」に着いたと想ったりしますが。。

この滝は登山道が大滝川から其れなりに上部を通っていますから、分岐して少しばかり急降下して行かなくてはなりませんね。。

登って来て主瀑では無いので、なんだかスルーしたくなる気持ちを煽る、この渓谷をどこまで真剣に観賞したいのか試すような、憎い位置に在ると言える滝ですな。。

過去を振り返りますと、なんだか観た記憶が無いので、観て無いのでしょうね。。

今回は迷わずに降りて行きましたね。。

30m前後か分かりませんが、急降下で一気に行ける短い距離では有りますね。。

谷底のゴルジュに水を落とす滝と言う感じで、この渓谷で観た滝で唯一暗い雰囲気の有る滝でしたかね。。

観賞ポイントの右岸は微妙に傾斜が有り、強烈にオーヴァーハングした岩が被る感じでしたかね。。

よく観ると、対岸や滝の右壁の屹立する岩は迫力が有りましたかね。。

25mだかなんだかの滝は、くの字に折れて落ちている感じで、
僕には先程の「うるう滝」に滝の形状は少し似ているように想いましたが、こちらの方が鬱蒼としていましたね。。

其れなりに観る価値は有るのかとは想いましたね。。

「らせん滝」から戻り、また登山道を進むと直ぐに、登山道で初めての本格的な吊り橋を渡りますかね。。

床板や木組みなどは古そうですが、ワイヤーは其れなりにしっかりとしていそうに観えましたが。。

まあ。。怖そうな吊り橋と言う程では無い感じですね。。

そうして進みますと、草木に隠れてあまり観えないと言われる落差6mだかの「洗心滝」を過ぎて行きますね。。

まだ登山道と渓谷に高度差が有るので、確かに観え難い感じでしたかね。。

右側が水量多目で2条になって落ちる岩が厳つそうな滝ですかね。。

そうして段々と川床との高度差が縮まって来ますね。。

川は岩の堆積が激しく荒々しい感じですかね。。

まあ渓谷は何処もそんなものですが、特にここはそんな感じがしましたかね。。

この辺りまででも疑木丸太を使って補強したり、土砂崩れの場所を補修したり所々有ったように想いますが。。

僕には何よりヘロヘロの木道が印象に残りましたね。。

その朽ちかけて歪んだ木道を、岩を回り込むように曲がると。。

「霧ヶ滝」とその直ぐ上流に落ちる主瀑と言われる「天河滝」が、上部を微かに観せて2段構えで落ちる風景に出会いますね。。

この木道を曲がった先に観た風景は、なんだかインパクトが有りましたね。。

稀に「天河滝」の落差が96mと標記されているのを見掛けますが、それはこの「霧ヶ滝」の下から2段で観た場合の事を言うのじゃないですかね?

だいたい「天河滝」は40m辺りの落差で標記されてますし、「霧ヶ滝」はそれより低い30m辺りで標記されていますが。。

この木道を曲がって観えた「天河滝」と「霧ヶ滝」が2段になって落ちているように観える姿は100m級に観えましたからね。。

こちらは前回の2014年5月22日に来訪した時のものですが、この「霧ヶ滝 」まで看板の表示では2150mの距離となり、標高はなんとも言えませんが1050m辺りのような気がしますかね。。

まあ最初の1時間は渓谷から離れて森林の中を歩く訳ですが。。

其れなりに登って来た先に、このような滝を伴う渓谷に出会うのは、山深い自然の中であると言う印象を際立たせるのに、良いのではないかと想いましたかね。。

しかし僕には起点となる駐車場からここまでの道程は、そこまでキツい印象は無く、どちらかと言いますとアッと言う間の印象が残っていますかね。。

木道は怪しく観えますが、歩き易い道なのかもしれませんかね。。

「霧ヶ滝」その物は斜瀑/分岐瀑と言える岩の複雑な傾斜を落ちる滝となる感じですが、比較的に流れは細い方で、岩の方が僕には印象に残りましたかね。。

そして「霧ヶ滝」を巻く感じで登山道は続いて行きますかね。。

考えれば遊歩道からここまで大滝川の右岸側をずっと登って来ていますね。。

ここは落差30mだかの「霧ヶ滝」の巻き道となりますから、其れなりに急登となりますが、新しいと想われる金属の階段が設置されていましたかね。。

不動岩の展望台から100m弱くらいで、粒栗駐車場に着く前に車で向かった「うるう滝」で通った、その先の方で一般車両通行止めの「有森田立林道 田立線」に繋がりますが、工事用モノレールを設置して、資材をそちら側から運搬したらしいですかね。。

木曽森林管理署さんの管轄で工事が行われたかしたらしいですが、やはり工事はなにより資材運搬費用が嵩みそうな感じがしましたね。。

この辺りは林道と粒栗駐車場の間ぐらいな感じで、資材運ぶのが大変そうだなとか想いましたね。。

ヘリコプターなどを使うと、またえらく金がかかるんでしょうね。。

なんだか元々の木道と言うか丸太階段の上にそのまま金属の階段を設置した感じですかね。。

こちらの登山道に関しましては、僕はそこまで詳しくは覚えていませんので、はっきり言って何処が変わったのか判別出来かったのですが。。

こうして観させて貰いますと、付け替えたのがよく分かりましたね。。

ここはなにか両側が斜面になった尾根道と言う感じで、其れなりに危なそうなので補修改善は必要だったんでしょうね。。

2014年5月22日に撮った写真ですが、この時までは「天河滝」までしか訪れていませんでしたが、印象に残っていたのか、道中の写真が有りましたね。。

しかし今回まだここは残っていたかは忘れましたね。。

そんな感じで安定した金属の階段を登って行きましたかね。。

自然環境との調和としては、丸太階段やらの方が良いのでしょうが、耐応年数や資材コスト、メンテナンス、搬送コスト、交換修復などの優劣。。

美観調和なら疑似丸太、耐久性なら丸太に加圧注入や防腐剤塗布。。

様々な条件が有り選択が難しいところなのかと考えたりしましたね。。

「霧ヶ滝」が横目に観える箇所を伴い登って行きますかね。。

滝壺と言える程のものは無い感じでしたかね。。

この渓谷の中心となる大きめの滝は、上から下からよく観賞できるようになっていて良いなとは想いましたね。。

進むとまた吊り橋が有りますね。。

なにか新しめですが、以前の橋が朽ちかけたまま平行して架かっていますね。。

覚えてませんけれど、最初に訪れた2002年の夏は、あの橋を渡ったのでしょうね。。

新しい橋は2013辺りに造られた感じでしたかね。。

大規模な治山工事を3年間行ったと言う事ですが、工事は常に行われている感じですかね。。

そして新しそうな疑似丸太の手すりが設置された遊歩道から曲がった先に今度は主瀑と言われる「天河滝」が観えて来ますね。。

けっきょくここは標高1100m台辺りなんですかね。。

主瀑と言われる「天河滝」の前に立ちますと、なにかピシッと直角水平の四角い印象を与えますかね。。

斜瀑/分岐瀑が多い「田立の滝群」において、この「天河滝」だけは直瀑と言う感じかと想いましたね。。

なにか真ん中を2等分と言うか3等分するように立線が入っているように観えまして、自然なんですが人工的な雰囲気も有って特徴的だと想いましたね。。

まあこの滝群において代表となるのはこの滝なのかとは想いましたね。。

しかし「霧ヶ滝」にしてもこの「天河滝」にしても、森林の中を抜けて来た先の滝下は、明るく開けた空間に感じましたね。。

岩はゴツゴツして平坦な場所は少ないかも知れませんが、程よい岩の上で寝そべったりしておにぎりなんかを食べてゆっくりしましたね。。

流れは2条に別れてこちらも比較的に水量は少な目に落ちている印象が有りましたね。。

しかし落ち口はやたらと川幅いっぱいに真っ直ぐな感じでしたね。。

なにか滝を観て来た中でも、落ち口が真っ直ぐ平行な滝としてこの「天河滝」が1番に頭に浮かびますね。。

滝下と言いますか、渓谷全体にこれだけの岩やらが堆積しているのに削れない硬さがこの「天河滝」花崗岩には有るのですかね。。

そんな事を考えながら滝を観ましたかね。。

そんな事で、なにかこちらの滝群は、水流より滝壁の印象が強い感じなのですが、滝の直下近くまで行くと飛沫もかかり迫力は其れなりに有ると想いましたがね。。

そんなピシッとした岩を落ちる水を観ながら、神聖化されて雨乞い神事を行ったと言う事が去来して、気持ちが引き締まるところでしたね。。

そして前述しましたが、過去にこちらに来訪した時は、この「天河滝」を観て妙に納得して引き返してしまっていましたが。。

今回は渓谷を登り積めて行こうと言う事で、向かいましたね。。

振り返れば下流には「霧ヶ滝」の落ち口が。。

こちら側からだとやはりピシッと真っ直ぐに観えましたね。。

今までが甘かったと自問しながら上へと向かった感じですね。。

そして今度は「天河滝」の巻き道を登って行く感じになりますね。。

こちらはなんだか九十九折れの土道を登って行く感じでしたかね。。

ここからは初めての地ですから新鮮な気持ちにもなりましたね。。

するとまたまた味の有る丸太の桟橋の部分が。。

振り返ればこの渓谷で一番印象に残ったのは、この妙に間隔が開き歪んだ丸太の桟橋だったのかも知れません。。

想えばこの桟橋は、この地の方々がなんとかこの「田立の滝」を整備しようとした、今も残り使われる遺産なのかと勝手に想い、踏み締めて遣わせて頂きましたよ。。

そして今度は「天河滝」の落ち口の横を通過して行きますね。。

こちらは何やら立入禁止の注意看板も有りましたね。。

こちらは新しい金属の階段となっていましたが、危険な箇所を確りと選んで補修をしたと言う事なんだと、僕は受け止めましたね。。

南木曽町の方々の気持ちが心に伝わり、なにかジンと来ましたね。。

その後はまたまた朽ちかけた木道が。。

やはりここは比較的に安全な地形と観ました。。

それを察した僕は、壊れかけたような木道でも穏やかに景色を眺めていられましたね。。

なにか緩やかな「天河滝」の上流を進んでいくと、なんと吊り橋が有るじゃないですか。。

その上流にもまた吊り橋が架かり、その先にはなにか大きそうな滝が。。

この時にやはり「天河滝」までで引き返していた今までの自分を、確かに悔いる気持ちになりましたね。。

橋はやはりしっかりとしていましたね。。

想えば橋の名は「天河橋」。。

この橋を渡らないと「天河滝」を訪れたとは完全には言えなかったのかも知れません。。

橋に立ち僕は「天河滝」の真っ直ぐな落ち口に向かい、緩やかではありますが岩や流木がひしめく大滝川の流れを観ながら、中途半端だった自分の過去を反省しましたよ。。

そして「天河橋」を渡った先に向かいますが。。

想えばここまでずっと、大滝川の右岸を遡上して来たと言う事が、頭に浮かびましたね。。

初めて大滝川の左岸を歩いていると言う事実に僕は愕然としたものですよ。。

そうしましたら、またまた最早名物とも想えて来ました木道が。。

なんだかこの木道のお陰で、歩く楽しさが増した気持ちになりましたね。。

すると先程の「天河橋 」を渡る前から観えていた橋とその先の「不動滝」の元に辿り着きますね。。

どうも「不動岩」は、僕が遠望を観損ねた「不動岩」の下に落ちる滝と言う意味が有るらしいですね。。

落差は25m辺りで標記されている事が多いですが、この短い間隔で落ちる「不動滝」「天河滝」「霧ヶ滝」の3滝が、この渓谷の1つの核心部分となりますかね。。

ある意味で、山が刈り尽くされた時に、この3滝が1本に観えたと言うように、3連瀑とも捉えられるのかも知れませんね。。

しかし僕は意外とこの「不動滝」が、この渓谷で最も好みの滝であったりしましたね。。

上部は角度の有る斜瀑で、その下のカボチャ形の岩を広がる広範囲分岐瀑となり、最下部でオーヴァーハングして落ちる。。

このカボチャタイプと言うのは、僕の個人的な分類となりますが。。

なにか丸い大岩を落ちるように感じるタイプでして、例を挙げますと100選滝で言えば京都府の「金引の滝」、100選以外で言いますと山梨県のドンドコ沢の「五色の滝」とかになると察して下さればと。。

流は直下の岩間で右に向かい流れて行き、滝壺は無い感じに観えましたが、反対の岩からこの「不動滝」を観て良いなとは想いましたよ。。

この様な自分が好む滝が在りながら、主瀑と言われる「天河滝」で引き返していた過去を更に悔いながら「不動橋」を渡って行きましたよ。。

するとまた、懺悔する僕を誘うようにヘロヘロな桟橋が延びているではないですか。。

なんだかアカヤシオだかの花も咲いていましたね。。

僕は十字架を背負った気持ちで必死に登って行きましたよ。。

そしてもう少しで登りきると言う途中で観降ろしてみると。。

スカスカの隙間から覗く九十九折れの「ちどり桟橋」はなにか芸術的と想わせるものが有りましたね。。

しかし意外と怖さは無かったし危ないとも想いませんでしたね。。

まあ斜度は有りますが、隙間の下の地面が観えて、もしパキッといっても何とかなると言う安心感が有ったからでしょうか。。

これはやはりスリルが加味されていても、安全対策を考えた上での高度な設計なんだと僕は受け止めましたよ。。

これは最早、祖谷の「かずら橋」かそれ以上の、この地の伝統建築様式なのだと、僕は受け止めた次第でしたね。。

そしてその芸術的な「ちどり桟橋」を越えた先には、穏やかで美しい「龍ヶ瀬」と呼ばれるナメ床の地が広がっていましたね。。

ここにはこの地で最もしっかりとしていそうな、新しく造られたのであろう、疑似丸太の手すりと木板の道が延びていましたね。。

渓谷との調和を考えた色合いや造りになっている木道でしょう。。

しかしあのヘロヘロな木道や桟橋を無くしてしまうのは余りにも惜しい。。

ここは文化財保存的な考えで遺して行くべきとも想ったりしましたね。。

僕はそんな事で「不動滝」の滝口から景色を眺めましたが。。

写真で観ると危なそうにも観えたりしますが、ここは危ない感じはしませんでしたね。。

そしてなにかこの地のシンボルの1つのような「不動岩」と対を成す「不動滝」は。。

「かずら橋」や吊り橋や、その後の穏やかなナメ床の「龍ヶ瀬」と言う観どころが密集した、この地のクライマックスとも想ったりしていましたね。。

途中で「龍ヶ瀬」の中に身を置いて、穏やかなナメ床の良さを官能しましたね。。

ここには大岩や流木が堆積するような荒々しさは観られませんね。。

大きな滝群を越えた先に、この様な穏やかな渓流を観るのも良いものだと想えましたね。。

この様な滝群を観ながら渓谷を進む100選滝の在る渓谷として、近郊の山梨県の「西沢渓谷」や関西圏では三重県の「赤目四十八滝」が、ふと頭を過りましたが。。

考えますとこちらの「田立の滝」の方が良いのかとも想いましたね。。

こちらの方が、高瀑を伴う高度感が有ると言うのが、僕には大きいのかも知れませんね。。

そして「龍ヶ瀬」を横目にし、その後の渓流をしっかりとした木道で進んで行きますと、最後の吊り橋と言える「雲上橋」を渡る事になりますかね。。

この先にも木道は延びていますが、今は通行止めとなっていますので、今回の来訪の最終地としている「不動岩」の上から観降ろす展望台へ向かうところですかね。。

橋から下流を俯瞰しますと、ここはナメ床ではないのですが、やはり渓相は穏やかでしたかね。。

木漏れ日が心地好い感じでしたよ。。

「雲上橋」のすぐ上流には4mの分岐瀑となる「鶴翼滝」が落ちていますね。。

まあ小ぶりな滝ですな。。

しかしなにか良い空間であると感じましたね。。

渓流は、今は使われていないヘロヘロな木道を右岸に伴い、先まで続いて行きますね。。

「雲上橋」の上流100mくらいに、落差3mほどの渓流瀑と言える「そうめん滝」が落ちていると言う事ですが。。

遠望するとこの辺りのようですかね。。

その先には「箱淵」「丸淵」と在るようですが、「不動滝 」より上流は穏やかな小滝や淵が続く感じなんでしょうね。。

調べますと、「箱淵」などは直線的な岩に深い緑の色を湛えた淵が興味をそそられる感じがしましたね。。

残念なところですが、またいつものように、そのうちにと言う事で先に向かう感じですかね。。

そして「雲上橋」を越えて、今回のゴールとしている「不動岩展望台」に向かって、渓谷を離れてスタート付近に帰ったように、森林の中を登って行きますかね。。

「雲上橋」から300m程と言う事ですから、あと一息かと言う気持ちで進みましたね。。

少し登って「雲上橋」の回りを俯瞰しますと橋と木道と渓流がよく観えましたね。。

そしてゴールに向かって一気に歩を進める感じでしたね。。

先ずは石の段が混じった土道を

そうしましたら、またまたヘロヘロな木道が現れましたね。。

この渓谷は再訪した今回に、こうして登り積めて良さが分かったつもりですが、何より僕はこの木道に惹かれたと言えるのかと想ってきましたね。。

そうしてまた石が点在する土道を登ると。。

「雲上橋」から70mくらい登る道を進んで行きますな。。

そしたら今度は全て金属製の階段だと。。

その後に木の根をステップにして。。

次は疑似丸太と木板の階段が上へと続いて行く。。

そろそろ登り詰めたかと想ったら。。

最後に主役のヘロヘロ丸太の木道が。。

そして最後に土道に帰り、先には空が観えましたね。。

ここで僕が確信しましたのは、「雲上橋」から「不動岩展望台」までのラストの道程で。。

こちらの渓谷を通る登山道における道の全種類を展示すると言う、高度なコンセプトが最後に隠されていると言う事でしたね。。

それを知った僕は、このヘロヘロ木道を伴う登山道が如何に計算された素晴らしいもので有るのかと理解できましたね。。

ここまで来れて本当に良かったと想いましたね。。

そしてその先に広がると言いますか、狭い空間の「不動岩展望台」からよく観える風景を観渡しましたね。。

左奥に恵那山が大きく観えて高峰山やら笠置山やらも観えると。。

下には木曽川が観えて坂下やらが観えると。。

よく晴れた日には、遠く名古屋市や濃尾平野や更には伊勢湾も観えるとか。。

そんな事らしいですが、僕はここで何も知らずに頭を空っぽにして景色を眺めただけとなりましたね。。

この下は50mだかの断崖絶壁となりますから、やはり用心はしましたけれどね。。

しかしなにか久し振りに、山から観降ろすような景色を観れた感じがしましたね。。

この先の道を進と、直ぐに森林鉄道の路線としても使われた「夕森田立林道 田立線」に繋がり、林道を登れば味の有る素掘りのトンネルなどを越えて、頂上と言える「天然公園」と言う準平原の湿地帯に着く感じですかね。。

僕は渓谷の終点をこの地として、ピストンしてまた帰りの渓谷を眺めながら、この地を後にする事にしましたね。。

帰り際に、この地に在った麓の田立地区に在ります「田立五宮神社」の祠に手を合わせたのでした。。

しかしこの「不動岩」に登り景色を観たのですが、結局は「不動岩」その物の姿は観た記憶が浮かびませんね。。

帰りはさっさと歩いて行きに観損ねた「不動岩 展望」の看板からの景色とかは、すっかり忘れていたのでしょうね。。

そこに登ったけれど、その物の姿は分からない。。

なにか僕には神秘的な印象が残り、効果覿面と成りましたかね。。

最後に。。

この「田立の滝」に関しましては、再訪してしっかりと観る事によって、良さが分かった典型の渓谷となりましたね。。

振り返って考えましたが。。

先ずは森林観賞~大きな3滝を滝下から落口まで観ながら急登~上流の穏やかで美しい渓谷観賞~不動岩展望台からの眺望。。

この様になんだか渓谷を伴う自然観賞をするのに必要な条件が旨く含まれているような気がしましたね。。

滝群を伴う渓谷観賞と言うタイプの100選滝の来訪としましては、かなりいい方だと想えましたね。。

出来れば「箱淵」まで行ける遊歩道も再開される時が来れば良いとは想いましたね。

しかしなにかこの辺りの地は、長野県と言う枠を外しましても、いまいち目が向けられていない印象が有りますかね。。

原因は様々な要因が有るかと想われますが、僕はやはり先ずはリゾート地と言えるような場所で無いと言うのが有るのかと想ったりしましたね。。

しかし最早過去の物と言えるような、風化していくリゾート産業に舵を取る必要は無いのは当たり前ですかね。。

それは御岳周辺のスキー場開発などで、分かり切っているところですかね。。

そんな事で僕は、今も在り続ける自然と文化を磨き続けるのが一番かと想うところでしたよ。。

それで駄目なら日本全国どこも駄目だと言う事なんじゃないかと想いますね。。

下手な乱開発は更なる悪化を招くだけでしょうからね。。

そう考えますと、本当に良い場所は、過剰に人が訪れるような場所では無い、と言う既成の事実が浮かび上がり、なにかと金がかかる世の中がもどかしくもありますね。。

ここで僕が「田立の滝」に関しましては想いましたところは。。

前述しました協力金の徴収に端を発する考えですが。。

とりあえず先ずは以前書きました 「阿寺の七滝」は駐車料金と言う訴えで、料金を徴収していましたが。。

この協力金と言う訴えでの料金の徴収の方が、徴収する上で確かな納得を得られて良いと言う事ですね。。

そしてこの「田立の滝」の登山道と言うか渓谷道に関しましては、来訪客の声を聞かせて頂く限り、200円でも安いと言うような好感触を得られている渓谷道と言う感じですね。。

通るとこれは大変だなと想わせる事実と、渓谷の良さが有るからなのだと想うところではありますね。。

そうした中で、こちらの登山道に関しましては、1人500円くらいで登山道料金料金を徴収しても良いのかと想いましたよ。。

と言うか1000円で良いかと想いましたね。。

と言いますのも、例えば極端な例ですが。。

2005年に高山市に編入した旧丹生川村は2001年から乗鞍山麓五色ヶ原に自然保護を謳い入山規制をかけて、予約制ガイド付きの人数制限1日300人で6.7kmと7.3kmのコースを9000円~のツアーで巡り、ツアーでしか入れない戦略を採り、賛否は有りますが人気も博していると。。

他のもっと金銭的に近い例で言いますと、埼玉県の両神山の所有者により管理される2時間半くらいの登山コースの白井差新道は、やはり人数制限1日30人の予約制で1000円の整備協力金を徴収して賛否は有りますが人気も博していると。。

基本的に年間100万人などの自然観光地に訪れる観光客は過半数が歩く労力を嫌がる手軽な観光を求める方達かと想います。。

こちらの地域で年間40万人以上と最高の観光客数を誇る「妻籠宿」にしても、もし「妻籠宿」から「馬籠宿」までの峠越えをしなければいけないと言うならば、かなり客数は減少する事と想われますからね。。

そんな事で南木曽町のHPなどを閲覧させて頂きますと、「田立の滝」の利用者延数は年間1万人以下くらいなものなのかと想われましたね。。

同じ南木曽町に在ります「柿其渓谷」の方が約1万5千人弱辺りと利用者延数は多いのかと想いましたが。。

これは一番の観処と言う事になっています「牛ヶ滝」までが入口から400mくらいと近く、訪れ易いと言う事などが一因かと想われたりします。。

要はこの「田立の滝」の遊歩道は観光地では無くて登山地であり、中心の目的地となります「天河滝」まで公称で1時間10分かかる道に、多数を占めるただの観光客と言う類いは訪れ難いと言う事なのではと想いましたね。。

そんな事で、このような半登山と言える渓谷観賞に訪れる方達は、この遊歩道に理解を示し、1000円くらいにしても客数はそこまで変わらないような気がしたので、もう少し料金アップしてみたらどうかと想ったりしたんですよね。。

もし1000円で仮に年間1万人の方が訪れたら、年間1000万の修理保全費となり、耐応年間などは自然が相手となりますから難しいところですが、其れなりの費用になるのではないかとか想えたのですね。。

それが無理なら協力金を200円と固定表示せずに、200円~と表示すれば、プラス金額を投入される率が上がって良いのではないかと想ったりしましたよ。。

そして出来れば「ちどり桟橋」に代表されるスカスカの木道や桟橋は、有る意味でこの「田立の滝」の名所の1つとして遺していけて貰えたらと想いましたね。。

なんだか振り返れば、こちらの木道や桟橋以上に印象に残る造りの渓谷道は無いような気がしましたからね。。

そう考えますと、渓谷道を維持するためのキャンペーンなどを繁忙期に行い、料金徴収の際に、誰か町の方々が木道のキーホルダーでも渡せば良いのではないかとか勝手に妄想しましたね。。

何れにしても、この「田立の滝」は渓谷観賞路を伴う100選滝として、非常に良かったですし、お勧めしますと言う事で。。終わりたいと想います。

長野県木曽郡南木曽町田立大野正兼
問い合わせ 南木曽町観光協会 0264-57-2001
無料駐車場 50台