棚下不動滝 公称落差 雄滝37m幅2m直瀑 雌滝40m直瀑 群馬県渋川市赤城町棚下 2004年10月15日 2017年8月3日 日本の滝100選掲載順カウントアップ33/100

この「棚下不動の滝」は2004年10月15日に1度訪れたのですが、その時はサクッと寄って帰っただけなので、やっぱり写真が少なく、もう1度行く事にしましたね。。

取り敢えずここに来まして今は、どうも過去に訪れた滝は、訪れてはいても撮った写真が少ないので、そのような場所を再訪して写真をしっかりと撮って、1度その滝の訪問を終わらせようと言う行動に当てる期間にしているのですが。。

考えますと群馬県の100選滝でと言いますか、栃木県を除く関東内の100選滝で唯一掲載していないのが、この「棚下不動の滝」となっていると。。

それでどうも気になるので、ここは取り敢えずそれを埋めるために、今回は日帰りピンポイントと言える感じで「棚下不動の滝」を訪れる事にしたのでした。。

このような場合はやはり金をかけたくない。。

そうしましたらちょうど友人が。。

「田舎から家族が来るんだ。。それで僕の軽だと乗せきらないから車を少しの間交換してくれない?」

と、言って来たのです。。

そこで僕は幸いとばかりに。。

「いいよ。。気にしないで使ってよ。。」

と言って、承諾しまして、友人の軽自動車で「棚下不動の滝」に向かう事にしました。。

取り敢えずナビで調べると、家から「棚下不動の滝」までは高速を使っても使わなくても約150kmくらいで、意外と近いなとは想いましたね。。

しかし高速道路を使った場合、最寄りの圏央道の相模原愛川IC~関越道の赤城ICまで乗ると、普通車だと高速代は3630円。。

行きは深夜割りとかを使っても、帰りは時間的にキツいから深夜割りは使わないとしたら往復7000円くらいはかかると。。

ここでそんなに金はかけてられない。。

と言う事で友人の軽自動車を使って下道で向かわせて貰う事にしましたね。。

僕にとりましては150kmくらいなら下道でもそこまで苦しくは無いと。。

この友人の軽自動車は運転した事が有りましたので、上手いこと下道で行ければガス代3000円で往復できると踏みました。。

しかし僕の住む神奈川県中央部辺りからだと関東山地が在るためか、どうしても関東平野内を進むので、なんだか前橋市を抜ける辺りまでは其れなりに街中を越え続ける印象が有り、何か通勤渋滞などに嵌まりそうな予想が伺えると。。

ですから早朝3時に出発して、早めに現地に着く事を選択する事にしましたよ。。

しかしナビを見ると「棚下不動の滝」まで意外と真っ直ぐ延びてる感じもしましたね。。

先ずはよく通る国道16号に乗り、2015年10月31日から無料になりましたが、かつて普通車250円だか徴収された八王子バイパスを抜けて走って行くと。。

元々こんな道は無料でよかっただろとか想いながら進んで行きましたね。。

この先辺りから国道16号線は左折や右折をしてゴチャゴチャと横田基地を掠めて進んで行く感が有り、何か渋滞する印象が有るのですが、まだ4時前なのでスイスイと進んで行きましたね。。

そして国道407号線に乗り、更に国道17号線に乗ると。。

何だか国道17号線と言えば群馬県と言う印象が有り、ここまで道が空いていたせいか早いものでしたね。。

早朝の利根川を渡りましたが、何だかよくよく考えますと、群馬県の100選滝である「常布の滝」は吾妻川から、「吹割の滝」は片品川から、そして今回の「棚下不動の滝」は鈩沢(たたらざわ) からと、総て利根川に合流し、この中の水となって流れていると。。

何だか流石は利根川とか想いましたよ。。

とりあえず橋を渡った先の利根川の左岸を進んで行きましたが、この道は上武道路とか言う新しめのバイパス道路なんですね。。

この辺りの国道17号線は、このバイパスの為に利根川を挟んで2線に分かれている感じですかね。。

とりあえずこの道で伊勢崎市を抜けて更に前橋市を過ぎて行くと、渡った先から離れていた利根川がまた観えるようになり、利根川を右岸に渡返して遡上するように走って行きますね。。

この辺りで国道17号線は1つに合流する感じですが、何だか走り易かったですね。。

振り返れば利根川を渡った辺りからすぐに、赤城山、榛名山、浅間山と言った看板が有りまして。。

「こんな所からもうそんな看板が有るんだな。。」

とか僕は想いましたよ。。

この時はまだ早朝5時過ぎくらいでしたし、道は走り易かったので。。

「こっち方面に下道で来るなら、このルートで来れば良さそうだなあ。。」

とか想いながら車を走らせて来ましたよ。。

そして渋川市に入った辺りから回りは山間部と言った景観になってくる感じですかね。。

まあこの先の沼田市辺りでまた少し街が広がる感じがしますが、そう考えますと何だか群馬県と言うのは太平洋に注ぐ利根川の上流~中流を中心に街を形成して広がり、回りを関東山地、足尾山地、三国山地と言う2000m級の山々が囲むような分かり易さが有るように想えましたね。。

群馬県の人口は現在約200万人弱で、県面積は6362.28km2かと想われますが、県土の約70%を山地丘陵地が占めている内陸県であり、そこを流下していく利根川本支川に沿って河岸段丘や沖積地が形成されて、そこに人口が集中していると。。

何だか僕としましては、接している高崎市と前橋市の辺りまでは、延々と続く首都圏の北側の端と言う印象で、考えたら高崎市や前橋市辺りに住めばスキー、ゴルフ、温泉、更に自然探索に都合良さそうだし、別に行かなくてもいいんですけれど、たまに都心方面に行くなら高速道路でバーッと行けば近いものだから住むのに言いかなとか想いましたよ。。

まあでも集中した中心部が曖昧に感じるし、都心方面までゴチャゴチャしてそうだから、それならコンパクトシティ的な山梨県の甲府市辺りが良いかなとか、でもどちらも海が遠くなるなとか、色々と妄想してしまいましたね。。

そんな群馬県の中で、北西の足尾山地の手前に独立して聳えている上毛三山の一つである赤城山を源水としてその西斜面に流れる鈩沢(たたらざわ)が利根川に合流する手前で、利根川が創った河岸段丘の崖を落ちる「棚下不動の滝」はアクセスは良かったですね。。

この辺りは利根川沿いを走る国道17号線ですから、国道から綾戸橋とか言う橋を渡ったら看板に「棚下不動の滝」まで1.4kmと書いて有りましたからね。。

橋を渡って右折して県道225号線を進む感じですが、棚下の集落の中を走り、何だかレンガも使われて重厚に観える上越線の高架下を抜けて行くと。。

よく観ると絶壁が緑の中に観えていて。。

「あれが河岸段丘かっ。。」

と、過去に1度訪れた時の事が鮮明で無い僕は、想わず言葉を発してしまいましたよ。。

ここの崖は約20万年前に赤城山の山頂付近から流出した火砕流が利根川の中に入り込んで、厚く埋めた軽石流堆積物が溶けて固まった溶結凝灰岩によって創られていると。。

そう言えばお隣の沼田市の片品川に落ちる100選滝の「吹割の滝」の渓谷も河岸段丘でしたが、あちらは両岸が河岸段丘でしたが、こちらは河岸段丘そのものを落ちる沢滝だと。。

しかしその上には関越自動車道が走り、田畑や民家、ゴルフ場に工場なんかも有る感じですかね。。

この崖の部分は地形もあって自然が残された感じなのか?

そうなると水質はいまいちなんですかね?

過去には東武鉄道と群馬県の大規模観光開発が失敗に終わった地であり、様々なリゾート開発が進められた地。。

今もバイオマスや太陽光の発電所が造られたり、徳川埋蔵金を求めて穴を掘り続けたり。。

特に利根川が流れる関東平野方面は荒らされてそうですな。。

都心から近いし仕方無いところですかね。。

まあでもとりあえずこの辺りは、岩壁と利根川は雄大に、集落の景観は長閑に観えた感じでしたね。。

そんな事で、少し走れば「棚下不動の滝(雄滝)」の自立型看板に赤鳥居が在る場所に着きましたね。。

この先のゲートで県道255号下久屋渋川線は、ゲートが閉まり通行止めとなっていましたね。。

県道255号下久屋渋川線から分かれて赤鳥居の先に舗装された登り坂道が「棚下不動の滝(雄滝)」へ向かう道として延びてますが、こちらも通行止めだと。。

とりあえずこの先の県道255号下久屋渋川線は、垂直の岩壁と言える厳しい場所をトンネルを伴い通している感じで、いかにも通行止めを頻発させそうですな。。

僕は通った事は無いんですけれどね。。

隣に駐車場だったかの場所が在りましたが。。

奥に工場現場用のプレハブ小屋とかが有り、有名な2011年3月11日に発生した東日本大震災の時に落下してきたと言う巨岩が鎮座していて、何だか足場とシートに囲まれてましたよ。。

何だか駐車しにくいので、赤鳥居の横辺りの大丈夫そうなスペースに駐車させて貰いましたね。。

何だか内部をくり貫いて、磨崖仏やら何らかの岩を削った作品でも創ろうとしているように観えましたね。。

震災の悲劇を繰り返さない為に祈願する対象物として、注連縄を巻いて鎮座させておけば良いのではと一瞬想いましたが。。

邪魔になっているのかも知れないし、何か色々と事情が有るのかも知れないし、これに関しては何とも言えないところでしたね。。

最終的にどうなるのか、秘かに注目させて貰いますよ。。

「棚下不動の滝(雄滝)」に向かう登り坂を登って行きますが、前回訪れた時は、この道を車で登って言った記憶が有りましたね。。

何だか狭くて無理矢理に崖を登るように造られた道は印象に残っていましたが。。

どうもこの辺りの道は、明治の初期にはこの辺りの集落の人達が築いていたと言う話なんですかね。。

流石にこのような地形に造られた道ですから、土砂や雪崩の対策は必須でしょうし、コンクリートの吹き付けで覆われた崖はなかなか危うい感じがしましたね。。

まあしかし、この滝は距離は近いものだとは分かっていましたので、軽い気持ちで進んで行きましたね。。

登って行くと利根川が良く観えましたね。

何だかこの風景は覚えていました。。

利根川は群馬県の標高1840m大水上山を源流域として、流路延長322kmを流れて千葉県銚子市で太平洋に注ぐと。。

沢山の支流と合流したり分かれたりして流れますが、支流を含めた流路延長は約6700kmであり流域面積は16,840km2となり日本1でありますと。。

元々は東京湾に注いでいましたが、徳川家康の命令によって始まった治水工事によって銚子市から太平洋に注ぐ事になったと。。

河川と言うのは災害にもなりうるし、水は生きる為の必需品ですから、なかなか自然のままでいられないと改めて想ったところで有りますね。。

この坂の辺りから観る利根川は、なんだか蛇行して穏やかに観えますが、綾戸橋辺りとか崖沿いを流れる箇所は荒々しくも感じられましたね。。

前回ここを訪れたのは13年前の秋ですが、その頃は滝の写真を何枚か撮るだけで、写真を撮るのは疎かだったのですが、ここからの写真は何だか残ってましたね。。

多分ですが、川が流れて、集落が在って、ローカル線が走る鉄橋が在る、と言う箱庭的な風景が印象に残ったからなんでしょうね。。

季節と時刻は違いますが、何だか比べると殆んど変わっていない感じでしたかね。。

登った坂の左カーヴの先に、やたら急な階段が有りましたが、登ると祠が在って、先の断崖の上を通るような踏み跡なんかが有るらしいですが、行きませんでしたね。。

その先にトイレと東屋みたいなのが有って、基本的に車道はここまでと言う感じですかね。。

多分前回訪れた時は、ここの空きスペース辺りに車を駐車したと想いましたよ。。

まあ下の赤鳥居の場所から歩いても大した距離じゃないし、風景も観れるから、折角だから下から歩いた方が良いんじゃないかとも想いましたけれどね。。

とりあえずここから大岩山不動堂だか棚下不動堂だか不動尊だかの境内に苔むした石鳥居をくぐって石段を9段上がって入ると。。

何だか鬱蒼としてかなり鄙びた感じがしましたね。。

とりあえず棚下不動堂と言う名称を僕は採用させて貰いますが、本堂が建っておられるので、いつもの如く5円玉を賽銭箱に入れて鐘を鳴らしたりしましたね。。

こちらは1806年に赤城村勝保沢の大工である星野幸右衛門によって造られた入母屋造唐破風向拝の彫刻の美しい茅葺き屋根の建物であったと。。

しかし1981年に火災で消失してしまい、現在は再建されたものでありますと。。

こちらの棚下集落は、かつて棚下不動尊の門前町として栄えたらしいですし、境内には奉納された石仏、石碑、石灯籠など多数あり信仰が篤かったことが伺われると。。

何だか平日の早朝だったせいか、こちらでは誰にも会わなかったですし、観光地のような雰囲気は一切感じず、慎ましい雰囲気がしましたね。。

本堂の先には「棚下不動の滝(雄滝)」が観えていますとね。。

境内を観渡すと、日露戦役凱旋碑なるものが建っていましたが、こちらの地の方達の先祖様も、戦争で尊い命を喪われたと言う事ですかね。。

裏にも何か記念碑が建ちお墓が在りましたが、何だか境内の周りは、紫陽花が綺麗でしたよ。。

それくらいしか覚えていませんが、他にも幾つか在ったんでしょうね。。

そんなんで、境内を少しフラフラした後に、向かって左奥の問題となる奥の院への入口に立ちましたね。。

ここから石段をストレートに188段登った先に神社の御神体にもなっている公称落差37mの直瀑であります「棚下不動の滝(雄滝)」 が落ちていて、滝壁の下部は大きな空洞を形成し、不動明王を祀る棚下不動堂奥院や石仏などが在りますと。。

しかし2011年3月11日の東日本大震災の時に、向かって左の岩壁が大崩落して、奥院への石段の道を完全に塞いでしまい、現在まで危険の為に通行止めでありますと。。

前回訪れた時は開かれた入口だったものが、複数の注意看板と共に鉄パイプ柵で塞がれているのには、時の流れを感じたものでした。。

とりあえずここは、自己責任で侵入している方々が沢山いるのをウェブで確認していましたから、余裕で入らせて頂きましたが。。

下部の石段に関しましては、落石の影響は殆んど無かったようで、ただ手入れされてない石段と言う感じでしたね。。

東日本大震災の時の公式な震度は、渋川市が震度5強で、僕がいた相模原市は震度5弱ですから、其れなりに強い揺れだったんでしょうが、やはり棚下軽石流堆積物の岩壁の弱さだからこその大崩壊だったんでしょうね。。

石段を登って行くと、途中に在る赤鳥居から先は崩落した岩が道を塞ぐ光景がそのまま残っていて、なるほどこの事かと観た瞬間に想いましたね。。

鳥居は結界を示すものと言う事ですから、正に危険区域と安全区域に分かれる場所のように想えましたよ。。

でも緑で包まれつつある崩落地は、何だかソフトに観えたし、安定感が加味された感じで、岩が剥き出しの状態よりは通り易そうに僕は観えました。。

しかしこう観ますと、僕にはまるで赤鳥居が崖崩れを防いで、下に在る本堂を護ったようにも観えまして、逆に神々しさが増したようにも感じましたね。。

向かって右には、鈩沢が穏やかに流れていましたね。。

とりあえず踏み跡は有ると言う事は調べて知っていましたし、距離が短いので余裕で進んで行きましたね。。

進むとかなり雑草が繁っている感じでしたが、踏み跡は確かに確認出来ましたね。。

何だか崩落した岩とかより雑草の方が気になりましたね。。

微妙なところはロープも付けられていましたから、危険な感じはしませんでしたね。。

しかし僅かにですが、今崩落してきたらと言う緊張感は常に付きまといましたね。。

そんなんで、雑草を掻き分けて滝前の広場と言えるスペースに着きましたね。。

何だか赤い屋根の小屋が目立って何かと想いましたが、滝行を行う人の更衣室らしいですね。。

なにか伝統的な建築様式の歴史の有るような建物なら良いとは想いますが、要らないんじゃないですかね?

滝行をする為に着替えるなら、折角だから滝壁の空洞の中で着替えれば良いとか想ったりしましたが。。

どうなんですかね?

滝は水量が多いと勢い良く前方に跳ね気味に飛び出す水流と、下に落ちる水流の縦2条になったりするらしいですが、下向き1条だったので、比較的に水量は少ない方だったのかも知れませんね。。

しかしオーヴァーハングした滝壁を完全に空中落下する水流は、其れなりに迫力が有るようにも観えましたね。。

何だか垂直の広大な河岸段丘の下のせいか、薄暗い印象を受けましたが、処々に咲いている花が少しはそれを緩和してくれましたかね。。

更衣室が有る場所から鳥居が観える踏み跡をぐるっと回って登れば、オーヴァーハングした滝壁の中に向かえますね。。

進むと不動明王が安置されている奥院に辿り着きますね。。

手前に有るのは社務所らしいですが、裏に有る物置とかを含めていまいちな建物の感がしましたが、まあこんなものですかね。。

奥院は1962年に新築されたみたいですが、不動明王が安置されている滝は不動の滝と名を冠せられるものですよね。。

毎年1月28日の縁日だとか滝行の事で色々と社務所も使われるのかも知れませんね。。

観上げると、何だか覆い被さってくる岩が迫力有りましたね。。

この場所は何だかどうしても若干の恐怖心を煽る場所で有りましたね。。

万が一何か落下してきたり崩れたりしたら助かる自信を持てない地形に観えたからでしょうね。。

自ずと緊張感を保って景観を観れましたね。。

とりあえず正式には立入禁止の場所ですしね。。

360度どの方向からも観れる滝と言う事でして、滝の真後ろから観ましたが、近付いて行くときにゴゴゴッーと言う音が響いてきて少し緊張しましたね。。

裏観の滝は幾つか観てきましたが、この滝が最も厳かで硬派な滝に想えましたよ。。

少なくとも熊本県の「鍋ヶ滝」や岡山県の「岩井滝」や茨城県の「月侍の滝」のような幅広で優しくも観える滝とは違う感じですね。。

なら長野県の「雷滝」とかはどうかと言うと「棚下不動の滝(雄滝)」の方が怖さを感じるんですよね。。

そう考えますと、100選滝で言えば島根県の隠岐の島に落ちる「壇鏡の滝」とかが近そうだけれど、まだ未観なんで何とも言えませんね。。

やっぱり公式には立入禁止だからですかね。。

暗くて観難いところも有りましたが、空洞の中にはケルンが目に付いたので、祈って石を置かせて頂きましたね。。

しかしこの滝はオーヴァーハングと言う感じがしなくなりましたね。。

何だか広く抉れた洞窟が創られて、そこを落ちている滝と言いますか、何だか中にいると自然に創られたドームと言う感じがしましたね。。

なんと言うか、そんな印象なんですよ。。

ドームな洞窟で右岸から左岸に移動して滝を観ますね。。

この抉れって言うのは河岸段丘や滝だとかの浸食作用によって創られたと言うか、崖の下部の崩落によって創られたところも有るのでしょうね。。

少なくとも滝の大きさに対しての比率で考えた場合、今まで観た滝のなかで最も大きな空間を創り出していますね。。

良く分かりませんが、とりあえず裏観の滝としましては、最もインパクトを僕に残してくれましたね。。

最後に滝の正面の直下に立って、正に360度の方向から滝を観させて貰いましたね。。

何だか洞窟や屹立する岩壁の印象が残りましたが、滝そのものも空中落下して落ちる様はなかなか好みでは有りました。。

滝壺は小さい感じで、以前は滝下に太鼓橋が有ったらしいですが、なにやら滝下には残骸やらも見受けられましたね。。

比較的にこの滝は水量が少なく、渇水状態の時などは流れがかなり少なくなり、そのせいで滝壺は小さいと言われていますが、脆い地質からくる堆積物のためとかも有るんじゃないですかね?

そう言えばこちらの滝水は、棚下用水として灌漑や生活用水として使われていたと言いますね。。

じゃあ水質は良いのですかね?

何だか本堂から登ってくる途中の左側に灌漑用水路の跡である洞窟が有って、それを通れば「棚下不動の滝(雌滝)」にも通じていたとか言う話を聞きましたが。。

この件に関しては全くノーマークであり、知るよしも有りませんでしたね。。

まあとりあえずよく分かりませんが、里滝と言える範囲の滝としてはなかなか良かったとは想い「棚下不動の滝(雄滝)」を引き返しましたよ。。。。

ここで2004年の秋に訪れた時の写真を出しますが、その時は訪れた時間が夕方だったので、何だか洞窟は闇に観えるし、少し不気味な雰囲気に感じましたね。。

僕が帰ろうとすると、連れが怖いから待ってくれと言ってきたのを覚えていますよ。。

こちらは戦時中には避難場所となり、防空壕とかが有ったとか言う話はどうなんですかね?

滝などは何処も心霊スポット的な扱いは受けるものですが、何だか個人的にはオカルティックな雰囲気が立ち込めていた感じがしましたね。。

まあ関東全域から修験者が集まる地でもあったとか言いますし、古くから信仰の有る場所らしいですから、様々な念が渦巻いているのかも知れませんね。。

ですからこの時は、何だかいまいち雰囲気に呑まれて、滝壁の洞窟には入らなかったんですよね。。

そんな事で、今回はよく観れて良かったですわ。。

崩落地として埋まってしまったこの真っ直ぐに延びた石段。。

今回は雑草を掻き分けて帰りましたが、昼間の晴天でしたし、全く違う光景を味わえた滝となりましたね。。

そして本堂に戻ったのでした。。

しかし話はここで終わらない。。

どうも「棚下不動の滝」は「雄滝」と「雌滝」があって「雄滝」だけをもってして「棚下不動の滝」と言う事になるところも有るらしいですが。。

何だか地元の赤城村音頭の三番の歌詞にも「雄滝雌滝の仲の良さ」とか唄われてると言われますし、ここは妥協してはいけないと、とりあえず「棚下不動の滝(雌滝)」を目指しましたね。。

しかしこの時の事前調査がいい加減で、適当に隣に落ちているだろうくらいの考えをして、本来の遠望で観える「雄滝」から観て駐車場方面の断崖絶壁が続いている場所では無くて、逆方面に進んでしまいましたね。。

要は舗装路が終わり本堂の先に続く鳥山随道の方面です。。

そんな事で雑草に覆われた未舗装ハイキングコースみたいなのをどんどん進んで行くと、鳥山随道が現れましたね。。

手彫りのトンネルの残骸のような鳥山随道は何だかインパクトが有ったので潜りましたが、ここで何となく間違いだと気付いて引き返しましたね。。

しかしこの鳥山随道を含む鳥山新道と言うのは、棚下村と現沼田市になる岩本村とが1874年から3年かけて造り上げた道であったと。。

とりあえず的外れな行動で有りましたが、そんな歴史の有る道の一端を垣間見れて良かったと言う事にしましたよ。。

そしてここで。。

「そう言えば、途中になんか沢があったよな。。」

とか言って、何だか本堂から進んで行って少しの所に在った、砂防堰堤に護岸工事がされた沢を雑草を掻き分けて無理矢理登って行く事にしました。。

連れには道でゆっくり休んでいてくれと言って、単独で進んだのですが、けっこうな斜面と雑草でしたね。。

それで登って行きますと、何だか流れは消えて岩壁に辿り着いて、これは間違ったなとまたまた戻りましたね。。

何だか途中で分かれる枝沢みたいなのが在ったなと、軽くそっちにも進みましたが同じ結果でしたね。。

ここは不動沢とか言うのか知りませんが、完全な無駄な労力となりましたね。。

それで。。これでは駄目だと言う事で、スマートフォンで少し調べようと車に戻る事にしましたね。。

帰る途中の舗装路のコーナーに展望台みたいなのが有りそうだから寄りましたよ。。

眺めてみますと、利根川が大きく蛇行した景観が観れて、何だか三重県の木津呂の風景に類似する感じがしましたね。。

この時点でけっこう疲れてきてたので、ゆっくりと風景を観て休みましたよ。。

そして下り坂を降りて行く時に、ふと前方に広がる断崖の風景を眺めると、断崖に黒い跡をつけている枯滝みたいなものが観えて、あれが「棚下不動の滝(雌滝)」だと想い出したんですよね。。

と言いますのも、前回に訪れた時にこの滝を遠望して。。

「あれが「雌滝」か。。水が流れてないよなぁ。。」

と言ったのを、想い出したのです。。

いったい何をしているのかと自問自答したところでしたね。。

落差は公称40mで「雄滝」より高く、やはりオーヴァーハングしている景観は渇水気味ですが「雄滝」より良いとか言うのも聞きますから。。

これを観まして、面倒だけれどさっさと行って戻って来ようと想いましたね。。

とりあえず「棚下不動の滝(雌滝)」に向かう為のルートは。。

駐車ポイントから来た道を少し戻り橋を渡って、滝が落ちる川の下流を右岸から遡上して行くらしいと、1度車に戻って調べて確認しましたね。。

「棚下不動の滝(雌滝)」が落ちる川は、橋に居久保川って書かれたプレートが有りましたから、居久保川って言うんでしょうね。。

右岸を進もうとしましたが、何だか予想よりとんでもない雑草が繁殖していて、踏み跡どころでは無い感じでして。。

少し戸惑いましたが、無理矢理突入して行きましたね。。

距離は近いだろうと掻き分けて進みますと、情報通りに竹藪がありましたが、ここも予想より遥かに厳しい状態でしたね。。

何だか蜘蛛の巣だらけだし、雑草は酷いし、更に野焼きでもやっているのか知りませんが、竹藪が燃やされていて所々焼け焦げた竹が行く手を阻んでいる状態でしたね。。

しかしこうして中途半端過ぎる滝訪問をしてきた為に、何度も同じ滝を訪れる事になっているので、なんとしてもと言う想いで必死にそれらを掻き分けて斜面を進んで行きましたね。。

蛙とかもいたし、何だか蛇や虫が沢山いそうでとても苦しかったですね。。

そしてもう傾斜はきついし、焼けた竹を伴う竹藪が壁を創ってとてもじゃないと言う感じになりまして、川の方に焼けた竹を折りながら向かい降り立ちましたね。。

川に降り立ちましたが、こちらも雑草が繁殖していて、川を半分覆っていましたね。。

特に右岸は崩壊している感じで、今にもボロボロきそうな感じでしたね。。

それでも何とか進んで行きまして、そうしたら先に「棚下不動の滝(雌滝)」が観える前衛滝みたいな所に着きましたね。。

滝上の水路跡を観まして、あれが事前情報で知るところの物かと想いましたよ。。

あの水路跡の先を降りて行ければと想ったのですが、どうも直近で崩壊を繰り返しているのか分かりませんが、回りはいかにも脆そうな崩壊地帯と言う感じで、ここまでで断念する事になってしまいましたね。。

なんとも残念な結果になりましたが、とりあえずここまで来て「棚下不動の滝(雌滝)」の上部を拝めたと半分納得させて帰りましたね。。

時期と状況が悪かったような気がしましたね。。

今回は軽くサクッとピンポイントで訪れる計画の「棚下不動の滝」でしたが、なんだかえらく疲れる結果になってしまいましたね。。

とりあえずその後は温泉でゆっくりする計画だったので、「棚下不動の滝」と同じ赤城山麓に在ります赤城温泉郷に向かいましたね。。

赤城山は円錐形二重式火山であり、カルデラに中央火口丘の地蔵岳やカルデラ湖の大沼や覚満淵があったりして、外輪山の8峰が周りを囲んでいて、最高峰は主峰の1828m 黒檜山でありますと。。

赤城山南麓の標高約800mに位置する赤城温泉郷は、赤城山の西麓の標高約300mの「棚下不動の滝」から約30km弱となりますが、国道353号線を走って行けばそんなに苦にはならなかったですね。。

途中で関越自動車道の赤城ICを横切りましたが、これを使えばかなり近いエリアだなと想いましたよ。。

赤城温泉郷は宿5軒だかの山間部の小さな温泉郷と言う感じでしたが、その中で最奥に在る、最も鄙びた感じがした「湯之沢館」に伺いましたね。。

なんだか手前の建物とかは廃墟と言った趣でしたが、こう言った温泉に曳かれますのでね。。

中に入っても誰も現れないので館内をうろうろして館主のかたのような人を見付けて500円払って入浴させて貰いましたね。。

館内はやたらと置物やアート作品みたいなのが飾られていて、大量の漫画が並べられていましたね。。

コンセプトはバラバラに観えましたけれど、好きなタイプの宿かとは想いましたね。。

泉質はカルシウム・ナトリウム・マグネシウムの炭酸水素塩温泉で、炭酸の強い天然温泉とか言うらしいですが、オレンジ色した低めの温度の湯でゆっくりと浸かれましたね。。

湯船は小さめでしたが、露天も内湯も入ってのんびり1時間以上寛ぎました。。

そしてその後は計画通りに、金を掛けずに下道でのんびり帰路についたのでした。。

最後に。。

想えばこの「棚下不動の滝」と言うのは、なんだか関東圏の100選滝の中で、最も存在感が薄くなっている滝のような気がしますね。。

例えば同じ群馬県のお隣の沼田市の「吹割の滝」などは有名な方ですし、「常布の滝」にしても滝好きには存在感が有るような気がしますしね。。

これは何故かと自分なりに考えましたが、まず基本的に自然環境に恵まれない関東圏の中で、県内に1滝しかない100選の滝は存在感を発揮できるところが有るのかと想いますが。。

複数の100選滝を抱える県の滝は、不利になるところも有るかと想ったんですね。。

そして複数の100選滝を抱える県の滝としても、その滝の存在する場所が、人気が有り人が集まる観光エリアであれば、有利に働くのではないかと想いました。。

そして逆に訪れるのが難儀に想われる滝も、なにか特別な滝としての存在感を高める事が出来るかと想います。。

先ずはこの広義における要因において、「棚下不動の滝」はそれが不利に働いてしまっているのかも知れません。。

想えば赤城山は日光に続き東武が観光開発に乗り出して失敗した場所でありますし、その失敗した要因に都心から日帰り圏のギリギリに位置すると言う微妙さがあったところも有るかと想われますしね。。

ですから僕としましては、山奥の大自然の中に在るのか、それとも里や観光地に在るのかの、正に狭間に挟まれた位置に存在する滝に感じるのですよ。。

滝に至る道が通行止めとなっているのが「棚下不動の滝」の存在を低くしてしまっているのかと一瞬想いましたが、通行止めの前からそんなに有名な感じでは無かった気がしますから、この要因は関係が低いのではと想ったりします。。

そして通行止めになっていると言っても、距離は短いですから、今も行こうと想えば比較的に楽に滝まで行けると言う微妙な場所に感じるのです。。

この観点で考えますと、それに近い100選滝としては、神奈川県の「洒水の滝」が想い浮かびますね。。

まあでも良い滝ってのは秘瀑ってもんですから、どうでも良い事なんですけれどね。。

しかしなんだかこうして訪れてみると。。

恐怖心を覚えるような抉れた洞窟の滝裏といい、空中落下する滝といい、なんだか壮大に観える断崖といい、雄壮に流れる利根川の景色といい、印象に残る場所であり、景観だけを考えたら100選滝として申し分無い感じもします。。

そう想い違う観点でみますと。。

この「棚下不動の滝」は観光で訪れる観光地と言う印象よりも、神聖で厳かな場所だと言う印象が上回っている為かと。。

そして昼なお薄暗く圧迫する岩壁が、緊張感を高め、なんだか霊的な力を呼び覚ますように感じます。。

ですから大々的に扱うような場所では無く、凛として慎ましくが似合う場所なんではないかと想うのですよね。。

それでこの「棚下不動の滝」はそのようなタイプの100選滝で良いと言う事ですね。。

それでもしこの辺りのエリアで、「棚下不動の滝」の他に100選滝の候補になる滝が在るとするならば、赤城山と兄弟のような榛名山系の名瀑と言われる落差72m直瀑の「船尾滝」辺りかと先ずは想いましたね。。

こちらの滝は都心部から更に近いですし、うまく観光滝として成り立たせられたかも知れないと想いましたが、現在はこちらも崩落で立入禁止ですね。。

他に同じ赤城山系なら山中最大と言われ、国定忠治も絡められる落差32m直瀑「滝沢の不動滝」。。

隠れて全景が観えないし、上から観るせいで大きく感じないのかは分かりませんが、みどり市の変則吊り橋も観所の、落差96m段瀑「小中大滝」。。

何だか程好い観光滝としての候補は沢山挙げられますが、100選に選ぶ滝なんてどれでもいいんですけれどね。。

しかしなんだか「棚下不動の滝」が落ちる断崖を観ますと、もし「雌滝」に安定した其れなりの水量が有れば、まるで「米子大瀑布」に近いような気もしますし、「米子大瀑布」よりは落差は無いけれどオーヴァーハングが凄いので、違う2滝が落ちる凄い滝になっていたのかも知れません。。

もしかしたら「棚下不動の滝」の上流の開発が無ければ、もう少し水量は多かったのではないかとか想像してしまいましたね。。

とりあえずこの立入禁止の石段ですが。。

地形的にこれからも落石が起こる可能性も高いので、ここは金を掛けられないでしょうし、距離も短い為に、中間の落石から本堂を護ってような赤鳥居はそのままにして、先の崩壊地は踏み跡とロープの設置だけで十分かと想いますけれどね。。

そしてどうも群馬県辺りは水源やレジャーやら都心部に都合良く利用されているようで、なにか腑に落ちない気がするので、ここは高崎市と前橋市で合併なりして協力し、地方分権を強化して都心に対抗できないものかと。。

なんて事は無いでしょうけど、とりあえず「棚下不動の滝」は危険だけれど、滝壺まで行くと観る価値は有るで終わらせて頂きます。。

群馬県渋川市赤城町棚下
駐車場 震災の落石が鎮座する10台分の駐車場とその回り
問合せ 群馬県渋川市 商工観光部観光課 0279-22-2111