養老の滝 公称落差32m幅4m 岐阜県養老郡養老町高林1298−2 2000年以前、2005年1月3日、2018年7月25日日本の滝100選掲載順カウントアップ46/100

この(養老の滝)に関しましては、滝に因んで名付けた老舗居酒屋チェーン店の名称の方が、その元となる滝よりも有名になり、100選滝はもとより、日本の滝の中でも稀有な存在となった滝だと言う印象が有りますね。。

居酒屋の方は正式には(養老乃瀧)となり、現在は時代も廻り他資本の台頭なんかも有りまして店は減少しているように感じますが、一昔前はつぼ八なんかと並んで業界最大手と言う感じで沢山の店舗が観られた印象が有る感じでしたけれどね。。

それでどうも僕には居酒屋の名称としては有名ですが、滝の方の(養老の滝)は、いまいち滝そのものがそこまで大した滝にも観えないのか、存在が薄い感じがしていましたね。。

滝の在る地元の方達ならいざ知らず、基本的に(養老の滝)と聞いたら居酒屋を想い浮かべて滝を想い浮かべる人は極稀なのかとも想ったりしていましたからね。。

でもこの滝はやはり大都市の名古屋市近郊と言う感じで有名だったのか訪れ易かったのかは分かりませんが、2000年以前にも1度訪れた事が有りますし、2005年の名古屋市周辺を中心に訪れた正月旅行の時に寄ったりしたんですよね。。

それでやっぱりそれらの時はけっこうすぐ観て帰っただけで撮った写真とかも少ないので、2018年7月25日に再来してみました。。

そんなんでこの時はやはり高速代をケチッて夜中から国道1号線を延々と進み、桑名市辺りで繋がる国道258号線を進んで(養老の滝)が落ちている養老公園の入口が有るみたいな県道56号線を朝の8時くらいに走るに至りましたね。。

関東からだと名古屋市の反対側に在る滝なので市街は渋滞とかしないか心配しましたが、意外とすんなり進めて名古屋市辺りは道が確りと整備されているからなのかと想ったりもしましたが。。

普通に高速道路とかを使えば、2017年10月に養老JCT~養老ICが開通した東海環状自動車道の養老ICから車で約10分、2018年6月に共用開始した名神高速道路養老SAスマートICから車で約15分と最近はアクセスが更に向上しているみたいですし、もともと名神高速道路の大垣ICから約20分、関ヶ原ICから約25分と滝としてはアクセスは良かったんでしょうね。。

そんなんでこの時は、長い時間をかけてやっと近くまで来たなと言う感じでしたね。。

車を走らせていると養老鉄道養老線の線路なんかも観えたりしましたが、その養老線の養老駅から養老公園の入口だかまでは徒歩10分くらいらしいですし、その公園内の中心となるらしい(養老の滝)までも徒歩50分くらいらしいので、公共交通機関を使ってのアクセスも滝としては良い方なんだとは想いましたね。。

しかし全線単線で三重県桑名市の桑名駅から岐阜県揖斐郡揖斐川町の揖斐駅までの路線距離57.5 kmを結ぶ養老線もけっこうな赤字路線らしくて、近畿日本鉄道が経営を行って来ましたが、2006年からは子会社化した養老鉄道株式会社が運行の営業にあたる事になり、それでも厳しく2017年には近鉄と周辺市町が手を組み養老線管理機構が運営にあたる事となり、存続の為にふるさと納税で何とかと言う事らしいですね。。

地域の方達には鉄道が有るか無いかの違いは大きいと言う事で、存続し続けて欲しいところだとは想いましたね。。

そんなんで朝の8時くらいには、養老公園まで後少しとなる県道56号線を走っていまして、(養老の滝)は前述通り養老公園の中に落ちている滝になると言う事なんですが。。

僕は過去に2回ほど訪れているにも関わらず、その事とかを含めたこの滝に関する情報や記憶は、何故だか殆んど無い状態でしたね。。

多分それは、この滝に関しては観光化されてるし大した滝ではないと言う感じで、他の観光ついでに寄ったくらいで訪れたからだったとは想いましたが。。

そしたら養老公園は(養老の滝)を中心とした養老山麓に広がる東西約1800m、南北約600m、の総面積786000m2となるけっこうな広さの公園だと言う事で。。

県道沿いに関連施設の看板などを伴う入口となるような交差点が、天命反転地前、こどもの国前、養老公園東、と3ヶ所有ったりしまして、何だか進入を迷い県道を往復したりしてしまいました。。

でも養老公園東の交差点に(養老の滝)の駐車場を伴う確りとした看板が設置してあったので、車で滝に向かうなら基本的にここからだったんでしょうが。。

まあこんなのは何処から道を進んで行こうが繋がっているんでしょうから構わなかったんでしょうがね。。

それよりもこの時の僕は、養老公園は朝の9時~17時までの開園時間だと言う事なんかは数少ない事前情報として得ていましたので、それが妙に引っ掛かっていて、園内の滝へは時間外に問題なく訪れられるのかと僅かに気になってたりしました。。

そしてそれが気になったからと言う訳でも有りませんが。。

とりあえず殆んど途中で休まずにここまで車で走って来ましたし、それよりか朝食の時間ですしで、養老公園の入口近くの県道沿いに有った(喫茶 とんとん)と言う店で休憩を兼ねて朝食をとらせて貰う事にしましたね。。

店に入ってメニュー表を見まして、350円のブレンドコーヒーを安いなと想いながら頼んだら、それで小振りですがトースト、卵、茶碗蒸し、ヨーグルト、ゼリーと言ったモーニングセットまで付いて少し驚きましたね。。

そしたら連れの友人が以前に名古屋に住んでいた事があって、(こっちのモーニングって凄いんですって。。)
と言ってきて、その特別な外食文化を僕は初めて知りました。。

まあでもこちらは岐阜県となるんですが、モーニング発祥の地であるらしい愛知県一宮市に近いこの辺りも負けず劣らずにモーニングが豪華だと言う事らしいですね。。

それで前述したように(養老の滝)は名古屋市近郊の滝だと言う印象が僕には有りましたが。。

岐阜県は北部の飛騨地方の印象が強いんですが、県庁所在地となる岐阜市も直線距離で約30kmと近い南部の美濃地方は、やはり愛知県となる名古屋都市圏と言った印象を持つところでした。。

要は濃尾平野全体が名古屋都市圏と言った印象が濃く、その伊勢湾から内陸に広がる濃尾平野の西端となり美濃地方の西濃地域となる養老町辺りもこのモーニングなんかを食べるにあたりそう言った感じがしましたと言う事ですね。。

まあでも岐阜県じたいは僕にとって、名古屋市を含む愛知県より自然観光も文化観光も頻繁に訪れている印象に残る県になっていて、印象は強いので何とも言えないところなんですけれどね。。

そんなんでこちらの喫茶店で新聞なんかを軽く読んだりして9時くらいになってから養老公園に向かう事にしましたが。。

いずれにしても今まで入った喫茶店で品に対して最もリーズナブルな価格で朝食を食べられた感じがして良かったと想いましたね。。

それで喫茶店を出て車を走らせましたが。。

とりあえず養老公園の中を適当に走って進んで行こうかと想いまして、公園の真ん中を進む感じに見えたこどもの国前の交差点から公園の方に入って行きましたね。。

進んで行くと比較的に緩やかな丘陵地帯に車道が通っていて、その回りに各施設が有るのかなと言う感じで、養老駅から公園まで徒歩10分と言う話ですが、車で入って行ったせいかは分かりませんが、公園全体の入口やら各施設が何処なのかは不鮮明な感じがしましたね。。

交差点を曲がるとすぐ左手にこどもの国と言う施設の入口が観えたりしましたが、他には芝生の広場とかが有る感じで、建物が乱立してる感じでは無くて、やはり広々とした自然公園と言った趣に観えて、何処が何処だか分かり難かった感じがしました。。

そうした中で、各施設やら滝の駐車場を示す標識なんかは確りと有ったので、滝の駐車場を示す標識に従って進んで行きましたが。。

なんだか(養老の滝)まで養老駅から徒歩50分くらいで2.2kmと言う事ですが、こうした舗装された傾斜の有る公園内の道を歩くのは、歩いたら必要以上に疲れそうだなとか想像したりもしました。。

まあ歩く道のルートは色々と有るのかとは想いますし分かりませんが、背後の養老山地の山並みなんかはいい感じには想えましたね。。

それでどうも分かり難いので、後でパンフレットなんかを入手してそれを見たのですが。。

養老公園には幾つかの施設が有って。。

プールなんかも有る自然の地形と環境を十分生かした児童の遊び場である岐阜県こどもの国。。

美術家の荒川修作とマドリン・ギンズの構想を具体化した平衡感覚を失うようなフィールドに奇抜な建造物が建ち並ぶ体感型アートスポットと言える公園施設の養老天命反転地。。

その養老天命反転地の駐車場近くの白い大型テント張りの施設内に5店舗の飲食店や他に土産屋なんかが配置された楽市楽座・養老。。

養老パークゴルフ場、養老パターゴルフ場、養老グラウンド・ゴルフ場と言った誰でも気軽に楽しめるゴルフ関連の施設。。

他にテニスコートや養老キャンプセンターと言った広大な自然の中に造られた公園の基本路線的な施設が有ったらしく、パンフレットで紹介されていましたが。。

訪れている最中は公園の何処に何が有ったのか分からず終いでしたね。。

しかしこの中で唯一異彩を放つ養老天命反転地だけは以前からやたらと気になっていて訪れたかった施設でして。。

前回こちらを訪れた時には知っていて入園したかったのですが、その時は正月で閉園していた為に叶わなかったので、今回こそは(養老の滝)を観た後に入園しようと言う気持ちでこちらを訪れましたね。。

想えばこの時は(養老の滝)よりも養老天命反転地の方に期待してこの公園に訪れた感じでしたかね。。

そんな中で、途中に有る養老ランドなんて子供向けの遊園地は観覧車なんかも有るので目立ちましたが、こちらは民間の岐建グループの三立開発株式会社が運営しているので、パンフレットやオフィシャルサイトで紹介されて無かった感じでしたね。。

こちらの遊園地は寂れきった遊園地として珍スポット扱いされているところだったので、今になって覗いてみれば良かったかとも想いましたが、この時は素通りしてしまいましたね。。

進んで行きますと(養老の滝)の下流の川を松風橋で右岸から左岸に渡り、民営の交通安全協会駐車場に辿り着きましたね。。

こちらは200台駐車出来る駐車料金300円の駐車場らしいですが、係りの人は居ないのかと想いましたら、入口の料金所の回りの雑草みたいなのを刈っている人がいて、その人が料金を徴収しているみたいでした。。

それで声をかけましたが、別に無理にここに駐車しなくても良いって感じで、滝の上の駐車場なんかは1000円だけれど近いし、公営の無料駐車場が下にも有るので考えたらとか話してくれましたね。。

それで調べますと、要は公営の駐車場は公園入口近くのこどもの国駐車場が156台、養老天命反転地やゴルフ施設が有る辺りに第1駐車場167台、第2駐車場139台、第3駐車場57台、と有ってとりあえず無料みたいですと。。

そして民営の駐車場として、こちらの交通安全協会駐車場と滝近くで80台だか100台だかが駐車出来る養老の滝駐車場が有ると言う事らしいですね。。

まあなんだかやっぱり駐車場とかも何処がどうなっているのか土地勘の無い僕には分かり難い感じでした。。

でも繁忙期なんかは臨時駐車場も有るみたいですし、園内は1000台くらいは車は駐車出来る感じには書いてありましたからそうなんでしょうね。。

土日祝日は駅から公園内を巡回する無料シャトルバスなんかも運行しているみたいですし、他にも寺や神社や店舗の駐車場なんかも有るのかとは想いましたが。。

しかし公営駐車場も以前は土日祝日は300円の有料だったみたいですし、僕としては駐車場の正確な数や、現在やこれからの駐車制度がどうなっているのかはよく分からないところでしたね。。

それでとりあえず連れの友人が滝の近くの駐車場にも行ってみようと言うので、こちらの駐車場には入れずに滝近くの養老の滝駐車場に向かいましたね。。

それで交通安全協会駐車場の前の道を引き返すように下って左折して進むと、水路が通っている十字路みたいな場所に出て、養老の滝駐車場へ向かう道が明確になったので、進んでいきましたが。。

しかしどうも川の左岸のエリアはぽつぽつと旅館や山荘や飲食店も有ったような感じでしたが、道も入り組んでいて狭めで、全体的に老朽化した雰囲気が漂っていた感じがしましたね。。

まあ元来の観光滝の周辺はこう言った寂れた雰囲気が基本だとは想いましたがね。。

それで進んで行きますと、今までの観光地化された雰囲気から山奥の林道と言った趣に変化していきまして、道を間違えて無いかと少しばかり想ったりしましたね。。

まあでもとりあえず進んで行きましたね。。

そんな風に想いながら十字路から1.5kmくらい進むと養老の滝駐車場に着きまして、とりあえず安心しましたね。。

そしたらこちらでは料金所に年輩の女性の係りの方がいまして、こちらは平日500円、土日祝日1000円の駐車料金と言う事ですが、この時期は夏休み時期となるみたいで、平日のこの日でも1000円徴収していると言う事でしたね。。

しかしこちらの人も考えてから駐車するか決めてくれれば良いですよと言ってくれて、無理に駐車しなくても良いと言う感じでした。。

それで僕自身は元々滝の上部から降ってすぐの場所に有りそうなこの駐車場に駐車するよりも、滝の下流から進み其れなりに渓谷の景色や観光を楽しみながら滝に訪れたい気持ちが強く、この駐車場はどんなものかと観に来ただけだと言う考えだったので、連れの友人も説得して引き返しましたね。。

この駐車場に訪れたのは初めてでしたから、こんな処も有ったんだと言う感じでしたがね。。

しかしこちらの先の林道を進むと養老山(標高859m)への登山口とかが有るらしくて、こちらの駐車場に登山届けとかを提出する事になっているみたいですね。。

養老山は眺めが良くないらしいですが、小倉山(標高841m)やら三方山(標高730m)は濃尾平野の眺望も良くて、何れもこちらから1~2時間くらいで登れる山みたいですし、こちらの山々は年間1万人くらいの登山客がいて人気が有るらしいので、こちらの駐車場も民営ですが其れなりに潤ってるんでしょうね。。

それでこの駐車場辺りからも濃尾平野の景色が良く観えたような感じでしたが、駐車場には駐車しないのでさっさと引き返してしまいましたね。。

あと(養老の滝)に向かう途中には、現在運休していますが、養老ロープウェーと言うリフトが設置されていて、以前訪れた時にも観たので知っていましたが、降り口がこの駐車場に有ったのを初めて知りまして。。

滝までここから階段なんかで少しばかり降りて行くので微妙な場所に降り口が有るなとは想いましたね。。

そんなんで養老の滝駐車場から来た道を戻り、先程の水路が通っている十字路と言うか五差路みたいな処を(養老の滝)の下流方面に向かう感じで右折して行きましたね。。

道沿いの水路みたいなのはずっと道に沿って続いていましたが、鳥居なんかが在りまして、それも越えて進んで行きましたね。。

そして(養老の滝)が落ちる川に合流する唐谷を渡る唐谷橋を渡り進むと、道はその先で進入禁止となっていましたが。。

その手前の路肩に一般車がけっこう止まっていまして、ここに車を止めれば大丈夫なんだなと想いまして、その一角に車を止めて歩きをスタートさせる事にしました。。

考えれば滝は観光滝ですから楽に観れるものだと想っていましたが、何処に駐車しようかと言う事に関しましては、やたらと苦労する結果になりましたね。。

もう場所が把握し難くて、駐車する場所もなんだかよく分からない場所になってしまったと言う感じでしたね。。

それで歩き始めますと、下方に先程の入口まで行った交通安全協会駐車場から延びる養老孝子坂が合流してくる感じに観えましたが。。

この時に以前の正月に訪れた時もここに車を止めたのを想い出しましたね。。

その時は正月で少しばかり混んでいたのでこの道にもっとズラッと車が止まっていたのを覚えていますね。。

なんだかこの場所に縁が有ったのかは分かりませんが。。

後で調べますと、下方に観えた養老孝子坂には昔ながらの売店やらが建ち並んでいて五平餅やら色々と食べれそうだったので歩きたかったのですが、車を止めたのがその上部だったので歩く事も無くて残念に想えましたね。。

それにこちらには日本最初のサイダーであり、養老の名水を使って製造されている有名な養老サイダーなんてのも有ったらしいと。

なんでも会社や工場が養老公園内に有ったのに施設の老朽化やら職人の高齢化に伴う後継者不在などにより2000年に製造中止となったらしいですが、近年復活したみたいな状況だったらしいのでそれも残念でしたね。。

そう考えますと、こどもの国やら公営の駐車場からは新しく整備された感じの道を歩く感じで長く面倒そうだし、養老の滝駐車場からは降ってすぐに滝となり味気無さそうなので。。

車を駐車して滝を観に行くと言うならば、交通安全協会駐車場から養老孝子坂を通って昔ながらの観光気分を味わいながら滝に向かうのが、ルートとしては良かったのではないかと僕は想えたりしましたね。。

あとどうも調べますと、朝の9時に開園と言っても有料駐車場なんかも無人でも開いていまして、料金は後払いやら何やらで良いみたいなので、滝に向かうなら時間を気にしないで向かっても良かったんだとは想ったりしましたね。。

それで進んで行くと養老神社の下に着きましたね。。

階段がキツそうなので往時は登って行きませんでしたが。。

(養老の滝)は、日本の滝100選の他にも環境庁の名水100選にも選ばれている名水であり、古今著聞集に記載されている 水がお酒になった親孝行の伝説である養老孝子伝説なんかの故事来歴のある優れた霊水らしいと。。

どうも諸説有るみたいですがその伝説とは。。

今から約1300年前となる奈良時代の元正天皇の御時に、美濃の国に源丞内と言う男がいて、貧しいながら親を大切にしている 源丞内は山から薪を取って来て、それを売って年をとった老父を養っていたらしいと。。

老父は酒が大好きだったらしく、源丞内はある時に谷深い岩壁から流れ落ちる水を眺めて、あの水が酒であったらなあと老父の喜ぶ顔を想い浮かべた時に、岩から滑り落ちて気を失ってしまったらしいと。。

しばらくして気がつき、酒の香りがするので辺りを観まわしてみると、近くの岩の間から酒に似た水が湧き出ており、舐めてみると酒の味がしたので、これを瓢箪に汲んで持ち帰り老父に飲ませたところ大変喜んで、老父はすっかり若々しくなったらしいと。。

そしてこの話は万病を癒す薬の水として都にも伝えられて、元正天皇がこの地へ行幸になって湧水を飲浴し、その清らかな水に感動し、老を養う若返りの水として、西暦717年に年号を霊亀から養老と改めただとか源丞内を美濃の守と言う役人にしただとかの話も有るみたいですが。。

史書である続日本書紀に記述されている元正天皇の言葉として。。

自分で手や顔を洗ったら皮膚はつるつると綺麗になり、痛むところも治った。またこの水を飲み浴した人は白髪も黒くなり、はげた髪も新しく生え、見えにくくなった目も明るくなった。目出度いことです。この水は真に老いを養う若返りの水です。

と記されてもいるらしいですかね。。

この件は町名や滝名の由来にもなっているみたいで、居酒屋チェーンの養老乃瀧もこの物語から名付けられたそうですが。。

どうも源丞内が汲んで持ち帰ったのは(養老の滝)のものではなく養老神社にある泉の菊水泉の湧き水だと言う事らしく、養老神社の方からこちらにジャバジャバと湧き水が流れて来ていてこちらも水汲み場みたいになっていましたね。。

それで養老山地から湧き出た水は石灰岩層を浸透してきたもので 、カルシウムやマグネシウム、カリウムなんかを豊富に含んだ天然のミネラル水で、実際に良質な湧き水なんでしょうが。。

考えれば水路とか言っていた道沿いの小川は、先程の五差路付近の不老ヶ池に流れ混んでいて、蛍なんかも飛ぶ清らかな池のスポットだったらしいですが、全く訪れた時は気付かずに進んでしまいましたね。。

それでアスファルトの道を川の方へと進んで行きまして、場所の確認がてら案内図なんかを見ましたね。。

案内図や標識なんかはかなり設置されていたと想いますが、どうも案内図を見ると。。

進んで来た道には元正天皇行幸遺跡が行宮神社として在ったり。。

聖武天皇が天平12年となる740年に養老へ行幸した際に、同行した大伴東人と大伴家持が元正天皇の養老美泉行幸を思い出し歌を詠んだ際の万葉歌碑が在ったり。。

北原白秋が1927年に大阪毎日新聞の新日本八景人気投票審査の為に子供と一緒にこちらを訪れて詠まれた歌の歌碑が建っていたり。。

現在も経営している道沿いの老舗旅館の千歳楼の敷地内とかみたいですが、かつての旅館の経営者で養老開発に尽力した岡本喜十郎さんの顕彰碑やら養老公園碑が建っていたり。。

松尾芭蕉が奥の細道の旅で大垣を訪れた時に詠んだ句ではないかと言われ、時のこの地の人々が養老にふさわしい芭蕉の名句を選んで建立したものと伝えられている句碑が建っていたり。。

と、石碑やら観処は他にも沢山有ったのかと想いましたが、全く気付かずに素通りしてしまいましたね。。

どうも僕はやはり滝を訪れた時は何も考えずに自然美を楽しむ傾向で、そう言ったものは観過してしまうところなんでしょうね。。

それで北原白秋の件だと、とりあえず新日本八景には瀑布として(華厳の滝)が選ばれまして(養老の滝)は選ばれませんでしたが。。

それに漏れたような日本二十五勝には瀑布として(那智の滝)(袋田の滝)と共に選ばれたらしいですが、いつも通りの常連の滝が選ばれているその中で(養老の滝)だけは小粒には感じましたね。。

そして川の方へと進んで行くと、妙見橋だかに着いて川を右岸に渡って行きましたね。。

橋はこちらの川の養老公園の敷地内には下流から、松風橋、不動橋、渡月橋、妙見橋、紅葉橋、万代橋、みゆき橋、と7橋が架かっているみたいですが、そう言えば訪れた時に橋は何となく印象に残ったなとは想いましたね。。

ただ車で通った松風橋は観たんでしょうが、妙見橋より下流に架かる、不動橋、渡月橋、は観なかったんでしょうね。。

それで養老公園は、飛騨・美濃桜33選・紅葉33選だかにそれぞれ選ばれていて、春には約3000本の桜が咲き誇り、秋には(養老の滝)へと続く道全体がモミジやカエデやイチョウなどの紅葉が見事だと言う事で、これらの橋を伴った景観も素晴らしいんだろうとは想いましたね。。

とりあえずこの時はやたらと暑かったですが、緑が繁っていてなかなかそれは良かったとは想いましたね。。

妙見橋を渡って下方を観ると、うなぎ料理屋なんかが有りましたが、駅方面から滝に向けてさっさと歩くなら、ゴチャゴチャしてないこちら右岸を歩いて来るのが良いのかなと想いましたね。。

まあ観光を楽しむなら左岸と言う感じなんでしょうね。。

この妙見橋の上流も左右の岸に道は有りますが、とりあえず登りはシンプルな右岸が良いなとは想いました。。

しかし今調べると、どうも不動橋辺りの右岸には、岐阜県出身の竹類研究家である坪井伊助さんが愛育された竹林みたいな竹類見本園が在ったり。。

うなぎ料理屋の横の小道を登って行けば明治17年となる1884年辺りにこの地方の雨乞い祈願の寺として建てられた妙見堂とかも在ったらしいですが。。

この時は知るよしも無く(養老の滝)を目指して進んで行きましたね。。

何だかこうしたアスファルトやらで舗装された道は僕としては歩くのが億劫になるところも有るので、この時はやはりさっさと辿り着きたい気持ちで進んで行きましたね。。

それで車でも通れそうな右岸のアスファルトの道をダラダラと登って行きましたね。。

(養老の滝)はは濃尾平野の西端にそって岐阜県と三重県にまたがり 幅約10km、延長約25kmにわたって続く(笙ヶ岳 標高908m)を最高峰とした養老山地の中に立つ(養老山 859m)を源流として流れる滝谷の上流部の標高280mに落ちる滝だと言う事らしいですが。。

こちらを流れる滝谷はここから流れて津屋川に合流し、海津市で揖斐川と合流して伊勢湾に注がれるらしいと。。

何だか養老山地の反対の三重県側は傾斜も緩やかで、山麓一帯はみかんの栽培が盛んに行われていたりするらしいですが。。

交通安全協会駐車場辺りは標高100mくらいで(養老の滝)の滝下は標高240mくらいとなり、その駐車場から滝までの距離は800mだかそれくらいだと言う話ですから。。

それより上に車を止めた僕達が歩く距離も高低差もそれ以下の筈で大したものではないのに、暑いし車の運転が響いてるのか、やっぱりやたらと疲れましたね。。

進むと紅葉橋が観えて来ましたね。。

(養老の滝)の下流の滝谷は両岸に石垣造りの護岸が施されていたりして、川床も人工の石張りみたいになっている箇所も有りましたね。。

もっと下流の松風橋辺りなんかは瓢箪型に護岸されたりしている箇所も有り、水はビッチリと人工的な施しがされた中で流れている感じらしいですしね。。

堰堤も随所に造られていて、里の川や渓谷は何処もそうですが、公園として川の景観を保つのは自然のままでは無理だと言ったところだと想いましたね。。

とりあえずこの時の滝谷の水量はそんなに多くは無かった感じに観えましたね。。

進んで行くと、アスファルトの道が幅広の階段とスロープが合わさった道に替わりましたね。。

この道には手摺なんかはずっと設置されていましたし、バリアフリー化を進めている感じなんでしょうね。。

そう言えばこちらにも東海自然歩道が通っていて、車を止めた道から妙見橋を渡って逆に左に降りて行く方面がそうだったらしいですけれど。。

この辺りの道はみゆき道とも呼ばれていて、日本武尊が伊吹山の賊を滅ぼすも負傷しながら養老山麓の路を伊勢に向かい、現在の亀山市となる能褒野で生涯を閉じたとされている道らしかったですね。。

でも東海自然歩道は普通の道やらの道も混在していてどうも僕には分かり難く、この時も全く気付きませんでしたね。。

次に万代橋まで辿り着きた感じでしたが。。

進むに連れて微妙に傾斜がキツくなる感じでしたかね。。

警察や消防なんかの緊急連絡先の看板なんかが橋ごとに設置されていて、渓谷としてはセキュリティは万全なのかも知れませんね。。

橋とかで反対側の遊歩道と往来出来ると言う事で、こちらは完全に人工化した観光地でコンクリートの橋とかですが。。

橋って何だか情緒を醸し出すところも有るので、完全に観光化された場所だと割りきれば、悪くは無いと想いましたね。。

公衆トイレなんかも有りまして、養老公園内には16ヶ所だか公衆トイレが有るらしいですが、広いので多いのかは何とも分かりませね。。

先には 滝までの距離を示した昔の石である丁石と言うのが在り、ここから一丁で約109mだと言う事でしたね。。

この石は観ましたが、こちらの地は奈良時代から人々の関心を集め、明治13年となる1880年に開園した公園ですから、本当に様々な石碑やら謂れが有って、全部見逃さないのは大変そうですね。。

養老駅とかこどもの国前やらには源丞内の像とかが有るみたいですし、下方の車道沿いには(翔 育てよう心豊かな若人を)と刻まれた像が有ったり、他にも飛騨高山の国学者である田中大秀翁由縁の養老美泉弁碑やら、大野万木の句碑やら、河東碧梧桐の句碑やら、 そう言った物の数は半端なく有ったんでしょうね。。

こうした物に疎かな僕は、殆んど記憶に残っていないんですけれどね。。

そして進んで行きましたが。。

こちら滝谷の(養老の滝)の下流もV時の渓谷と言う感じで、遊歩道沿いの崖なんかには落石防止の柵やらネットが張り巡らされている感じで、脆そうな感じでしたね。。

どうもこの辺りは、東側の濃尾平野に対して西側に養老山地が南北方向に聳えていて、その東側の急峻な斜面が、ほぼ直線的な境界で濃尾平野と接していて、それに沿って100万年前から活動を続けている養老断層が延びているらしいと。。

それでこの辺りの養老断層は、 濃尾傾動運転動により隆起した側が美濃帯堆積岩類からなる養老山地を創り、沈降が続いて堆積物に覆われた側に濃尾平野が創られたらしいと。。

それで隆起していった養老山地はその東側に急斜面を形成して、そこを深く浸食した谷の途中に創られた滝の1つがこの(養老の滝)であるらしいと。。

その山地と平野の境界にできた扇状地の端からはからは豊富な湧き水が流れ出していると言う事らしいですが。。

崖から落石がポロポロきそうな雰囲気が有りましたね。。

下流を眺めると、歩いて来た登りの道が観えましたが。。

其れなりに人工的な観光地の渓谷と言った趣には想えましたかね。。

まあ観光滝が多い100選滝にはよく有るタイプでも有るのかとは想いますが。。

滝の規模やらも含めて比べるなら、色々と文化遺産的な物が垣間見れた大阪府の(箕面の滝)辺りを想い浮かべましたが、(箕面の滝)の方が都市に近いせいか、市民の憩いの場所としては良い感じがしましたかね。。

他に兵庫県の(布引の滝)なんかは滝や渓谷がもう少し壮大に観えましたし。。

東京都の(払沢の滝)なんかは慎ましくレトロな雰囲気で統一された感が有ってこちらより僕は好みかと想いましたし。。

やはりこの滝に関しましてはそんなに期待はしていない感じでしたかね。。

様々な視点から普通に観光として訪れるなら悪いって訳でも無いんでしょうけれどね。。

反対の左岸の方を観ると、この辺りは左岸の方が更に急峻で、崩壊地のように観える部分も有りましたね。。

その上部に左岸の遊歩道が通っているのが観えましたから、それが危うそうにも観えましたね。。

しかしこの辺りの右岸の遊歩道は、昔に来た時は未舗装だったかと想ったので、その後に舗装整備がされたんだとか想いましたね。。

そして進むと、チラッと向かって左に(養老の滝)が観えて来ましたね。。

先で公園で最上流の橋となるみゆき橋が架かっていて、その手前が滝正面の撮影ポイントにもなっている感じですかね。。

そのポイントの向かって左にはこれまた石碑みたいなのが有りまして。。

元正天皇が養老伝説と水の美味しさに感動して、元号を養老に変更したときの故事を元にした詩が掘られていたらしいと。。

まあ歴史や伝説なんかが好きな方にはこう言った処は良いんだろうと想いましたね。。

それでその撮影ポイントの前で滝を暫し眺めましたね。。

ここでまた想い出したのですが、前回の正月に訪れた時は確かこれより先は進めなくなってるように観えて、ここで滝を観て引き返して帰ったと言う事ですね。。

もしかしたら進めたのかも知れませんが、雪も積もっていましたし、とりあえずここまでで引き返したのは確かでして、その時の記憶として覚えているのはそれくらいしか無いですね。。

まあその時こちらを訪れたのは正月の1月3日と言う事で、養老公園は毎週月曜日(月曜日が祝日の場合はその翌日)と12月29日~1月3日は休園日みたいですしね。。

それでこの時は、他資本の養老ランドなんかは営業していたのかも知れませんが、基本的に公園内の施設なんかは営業して無かったと言う事で。。

養老天命反転地にも行きたかったのですが、諦めたと言う事もそう言えば覚えていましたね。。

そう考えますと地元の者では無いので詳しくは知りませんが、こちらは年末年始なんかはそんなに力を入れて無い場所なんだと想えますね。。

まあ多分それならば、あまり調べても大々的に話は出て来ない感じなので、施設内の神社とかもそんなに初詣とかにも力入れて無いんでしょうね。。

でも前述したように駐車場は時間外でも駐車出来そうでしたし、(養老の滝)を観るぶんには何の問題も無かったと想うので、そうした自然の滝見物や登山利用や他に神社仏閣とかに訪れるなら、休園日でも大丈夫みたいになっている感じなんでしょうね。。

まあそんな事で、この時の記憶としては、曇りの寒々しい雪景色って感じの(養老の滝)を観たのと、養老天命反転地に行けなかったくらいしか残って無いんですよね。。

それで更に想ったのは、それ以前の遥か前にこの滝を訪れた時は、たぶん滝直下辺りまで行ったんだと想いますが、観に来た事は有ると言う記憶だけで、他に何の記憶も無いし、写真も何にも残っていないと言う事でしたね。。

訪れたのは確かなんですけれどね。。

たぶんやはり、僕としてはそんなに記憶に残る滝では無かったと言う事なんでしょうね。。

そんなんでとりあえずここは、前回訪れた時の写真を載せておきますね。。

それで改めて前回訪れた時に観た場所と同じ処から、全く逆の時期となる初夏に(養老の滝)を眺めてみましたが。。

もうなんだかスタンダードな中クラスの直瀑と言った趣でしたね。。

それでこちらの滝は公称落差34m幅4mと言う事ですが、まあそれに関しましては表記の通りくらいでもいいんじゃないかとは想いましたがね。。

しかしやはり、あまり特徴の有る滝には観えないところが有りまして、印象が薄い感じはしましたかね。。

前述した以外の観光滝と言える100選滝で比べますと、同じ岐阜県で比較的に近い場所に在る(阿弥陀ヶ滝)なんかは、真一文字に高めに落ちる滝そのものも特徴が有るように観えますし、回りの岩壁にも迫力が有りましたからね。。

他にも富士宮市の(白糸の滝)にしても、甲府市の(仙娥滝)にしても、伊豆市の(浄蓮の滝)にしても、滝そのものの形や回りの景観なんかに特徴なんかが観られて記憶には残っていますが、こちらはそうした要素が少ないと。。

寂れきった山北町の(洒水の滝)にしても、まだ落差は有るしそうした景観的な要素は上に感じましたし。。

新緑やら紅葉やら森林が美しいと言っても、もちろん市街地から近い人工化が顕著な滝周辺の環境ですから、自然を謳うには弱いですしね。。

まあそんな感じがしましたが。。

とりあえずこの時は、前回は雪景色で今回は新緑みたいな感じと言う事で、違う景色を観れて良かったとは想えましたね。。

その後はみゆき橋を渡って右岸から左岸に移り、滝直下へと向かいましたね。。

先程の撮影ポイントから滝までの間は短い距離ですが、さすがに滝直下の辺りだけは川も人工化されているような趣は少なく観えましたかね。。

みゆき橋から先はバリアフリー的では無く、石段と言った感じでしたね。。

振り返ると道程としては先程まではダラダラな登りで、やはり最後の滝直下付近だけは高低差が有ったなと言う感じでしたかね。。

まあ短いもんですけれどね。。

けっこうな巨木点在していて、緑に覆われる感じもしまして、爽やかなところも有りましたが、とりあえず暑かったですね。。

そうしたら石段を上がりきった辺りに、僕としては分かりやすい案内図みたいなのが有ったのでよーく見ましたね。。。

他の場所にも同じようなのが有ったみたいですけれどね。。

それでなんだか養老駅から滝までは2.2kmの距離で徒歩約30分で着くみたいに表記されていましたが、色々と調べてみると約50分だかかかるような話が多いので、実際にはそれくらいはかかるんでしょうね。。

遥か手前の妙見橋近くから歩いて来た僕としましても、20分くらい歩いた印象が有りましたからね。。

しかしこちら養老公園は、エリア的には(こどもの国エリア)(養老天命反転地エリア)(スポーツエリア)(養老の滝エリア)と、4エリアに分かれているみたいですが。。

要は昔からの濃いエリアと言うのは(養老の滝エリア)になると言う事かと想いましたね。。

どうも養老公園は明治13年となる1880年10月だかに開園して、地元有力者による組織である偕楽社によって管理をされていたみたいですが、その後の明治25年となる1892年には管理が多芸郡へ移り、郡制の施行の為に明治30年となる1897年には養老郡の管理へと移り、大正12年となる1923年からは県営公園として県が管理しるに至るらしいと。。

それで県営となってからの昭和40年となる1965年から第1次整備として施設内の約30haを整備し、1969年から第2次整備区域約24haに着手して1983年までに駐車場、園路、岐阜県こどもの国、テニスコート、樹木見本園なんかを整備したらしいと。。

その後の1985年より第3次整備計画として施設内の約22haの整備に着手し、1987年までにこどもの国の西側約7.0haに駐車場、芝生広場を造り、1990年にパークゴルフ場を造り1991年に第3次整備計画が完了したらしいと。。

そしてその後の1994年にはパターゴルフ場をオープンし、1995年には養老天命反転地をオープンさせると。。

と言う事で、県が整備管理している(養老の滝エリア)以外は新しめで、無駄にしっかりと整備されている感じなんですかね。。

それで(養老の滝エリア)に関しましては、昔ながらの土産屋や飲食店が建ち並ぶ趣で、それらは民間運営なんでしょうし、駐車場もそうだし、神社なんかも民間で管理とかしてるみたいなんでしょうね。。

そんなんで駅から(養老の滝)まで向かう最短ルートは2.2kmとなり、そのルートは駅からストレートに向かって行くのかはよく分かりませんが、地域を楽しんで駅から滝に向かうなら、(養老の滝エリア)の店なんかが建ち並ぶ道を通って向かうのがベストなんだろうとは想いましたね。。

僕は結局そこには訪れ無かった残念な結果となったので何とも正確には分からないところですけれどね。。

このエリアには他にも養老の特産品であるひょうたんが各種展示してあったり養老公園の歴史や施設の案内をしている(ようろう会館)や、浄土真宗の大谷派の寺院であり養老孝子伝説の源丞内が開いたと言われる養老寺とかも在ったみたいで訪れたら良かったんでしょうけれど、滝しか頭に無かった僕には残念な結果となりましたね。。

それで広場にはベンチなんかが幾つか並んでいて、ポツンポツンとオブジェのように巨木が残されて屹立している感じでしたね。。

奥には東屋みたいなのの下に、女帝元正天皇やら一行と並んで記念写真が撮れるみたいな顔出しパネルが設置してありました。。

横には2台ですが自販機も設置してありまして、やはり観光滝と言ったところでしたかね。。

まあでも酷暑と言った感じでしたから、ついつい冷えたポカリスウェットを買って飲んじゃいましたね。。

恥ずかしいから顔出しパネルで写真は撮りませんでしたけれどね。。

そして更に東屋を向かって左にはチョロチョロと渇水気味の沢が流れ落ちていて、その手前には200円のおみくじと300円の絵馬だかの無人販売をしているみたいで、沢山の願い事を書いた絵馬やおみくじが縄だかに吊るしたり結わえたりされていましたね。。

それを観ると、この時は閑散としていましたが、やはりこちらには土日や繁忙期は沢山の人が訪れるんでしょうね。。

とりあえず僕も賽銭箱と鐘が在ったので、5円玉を入れて鐘を鳴らしておきましたね。。

こちらは養老町では、昨年となる2017年なんかは養老改元から1300年の節目の年だと言う事で、地域住民や各種団体の方の協力の元に(養老改元1300年祭)が行なわれたらしいですし、その時期は其れなりに盛り上がったんでしょうね。。

そんなんで祈りを捧げた後に滝直下へ向かおうと広場を振り返りましたが。。

この時にこちらの石碑やらとか類似するものに全く無頓着だった僕に、それらの中で唯一印象を残した渋い青銅色の円柱形体の続日本紀標柱なるものに目に止まりましたね。。

そうしたらどうも日本の勅撰史書である続日本紀にもこちらの滝に関連した話が載っていると言う事で、標柱には(養老の滝)の伝説とかが書かれていたりしたみたいですが。。

他にもこちらには奈良時代の貴族で聖武天皇の東国行幸にお供した大伴宿禰東人が美濃国当伎郡の多芸行宮で詠んだ、日本に現存する最古の和歌集である万葉集に載っている和歌が刻まれていたらしいと。。

記されているのは。。

万葉集 巻六 1034番

古ゆ人の 言ひ来(け)る老人の
変若(を)つといふ 水そ名に負う 滝の瀬

(訳)

昔から人々が言っていた、老人が若返ると言う水ですよ、
その名にふさわしい滝の瀬は。

と。。

万葉集 巻六 1035番

田跡(たど)川の 滝を清みか いにしへゆ
宮仕へけむ 多芸の野の上に

(訳)

田跡川の滝が清らかだったから昔から宮仕えして来たのであろう、多芸の野に。

の2歌らしいと。。

ですがまあ僕は訪れた時には刻まれた文字なんて全く読まなかったから知らなかったんですけれどね。。

でもそれを知った今となっては、そんなにもこの滝は人々に関心を寄せられた滝だったのかと想ったりしました。。

そしたら他にもこちらの広場には、養老美泉辯碑と言うのも在って、こちらにも1034番と1035番の歌が刻まれていたと言う事らしいですが、残念ながら僕にはその碑の記憶は全く無いですね。。

他にも元正天皇行幸遺跡の碑の裏に1035番歌が刻まれていたり、園内に歌碑が在ったらしいですが、もちろん全く知らなかったし観る事も無かったと言ういつもの感じでしたね。。

それで滝を間近で観ましたが、やはり30mクラスのスタンダードな滝と言った感じでしたかね。。

滝の落ち口やら周りは緑に覆われて覆われている感じでしたが、落ち口方面のすぐ左岸横には滝駐車場やらも有るし、上流は堰堤が連なってそうですし、この様な観光地の滝の自然環境が良いとは想えないところが僕には有りましたけれどね。。

飛沫が涼しいと言うような話ですが、暑かったのはよく覚えていますが、涼しかったかはよく覚えていませんね。。

水量はまあ程々と言う感じで、多いと言う程のコンディションではなかったとは想いましたね。。

滝壺はそんなに深くはないと言う話ですが、其れなりの広さが有ったような気がしましたね。。

滝壺の手前側に大きめの岩が鎮座しているような感じで、ウェブで色々と観ると水量とかによって滝壺の大きさはけっこう変わりそうな感じがしましたけれどね。。

しかしこちらの滝前の観瀑ポイントは平坦な砂利場みたいだし、滝壺との境は何となく石で仕切られているしで、然り気無く自然な状態では無いんでしょうね。。

もしこの観瀑ポイントを造らなければもう少し滝壺のこちら側は広かったのかも知れないとか色々と想像しましたが、分からないところでしたね。。

反対の右岸も石垣なんかが有りましたし、滝壺周りも自然とは言えないところが有ったかも知れませんね。。

こちら左岸の滝横には滝不動尊が祀られていましたね。。

滝壺には柵が有って入れないって話でしたが、なんの仕切りにもならないようなロープが1本緩く張られているだけでしたね。。

まあ近くで観る場所としては、この場所で十分と言う感じでしたけれどね。。

設置されている看板なんかを見ると落石の恐れが有る為と言う事ですが、まあ何処も滝やら渓谷はそんなものですが、前述したバリケートを伴う遊歩道からして落石は有りそうな感じでしたね。。

遊歩道遊歩道沿いの下流にも雨天やらの増水時には川に入らないようにとの注意書が多々見受けられましたが。。

こちらには家族連れやら沢山の観光客の方が来るんでしょうから注意勧告も多目に必要なんだろうなとか想いましたね。。

僕が調べた限り事故などの記事は見受けられ無かったですが、増水時は何処の渓谷でも危ないのは確かだとは想いましたね。。

こちらには滝の説明版みたいなのも有りまして、前述したような元正天皇の話やら養老孝子伝説の話やら、日本の滝100選や名水100選に選ばれた事や、こちらの水は石灰岩層を浸透した炭酸分やミネラルを含んだ甘味な水だと言うような事が書かれていましたね。。

他には車を止めた近くとなります、ここから約500m下流に在ると言う養老神社の境内に湧く菊水泉は、元々は滝の瀬として1つの流れであったと言う事が書かれてましたかね。。

それと元正天皇の話だとこちらの水は万病を癒す薬の水だと言う事で。。

この水で手や顔を洗うと肌はツルツルになり、痛みなんかが有れば治るものなんだと。。

また飲んだり浴びたりすれば白髪は黒くなり、禿げたりしてる頭髪なら髪が新しく生えてきて、目が悪くなっていれば良く見えるようになると言った真に若返りの水であるのだと。。

まあそのような、にわかには信じられないような話が記載されていましたね。。

それで滝を観るのに何処が最も良いのかなとか想いながら周りをフラフラしましたが。。

滝横の広場に着く直前の石段辺りからは川へ入り易くなっている感じで、そこから入った川中の辺りからの眺めが下流の自然的な流れを含めた景観を伴えて良かったんじゃないかとは想いましたね。。

この時はそんなに流れが強くない感じでしたから岩を伝って右岸にも容易に行けそうな感じでしたね。。

それでどうも色々とウェブで拝見すると、この辺りで川に入って遊んでいる人はけっこういそうでしたね。。

それで川中の岩なんかに立ちながら(養老の滝)を暫く眺めたりしていましたが。。

なんだかポツッと立っている巨木と一緒に観れば少しは味が有るのかとも想いましたかね。。

そう言えばこの時に養老と言えば、関東に住む僕には千葉県夷隅郡大多喜町の養老渓谷の方が馴染みなのかと想えましたね。。

こちらの渓谷には5滝だかが落ちる約2kmの滝めぐりコースが有って、その中でも別名養老の滝とも呼ばれる(粟又の滝)は全長約100mのナメ滝でなかなかのものらしいと。。

それでどうせなら千葉県には100選滝が存在しないので、こちらを100選滝に選んでも良かったのかとも一瞬想いましたが。。

こちらはこちらで渇水期には水がチョロチョロしか落ちない問題が有るので、仕方ないなとは想いましたね。。

まあそんなんで、この(養老の滝)はいまいちな想いで、淡白に観るのを終わらせましたかね。。

(養老の滝)を観た後は、今度は来る時に反対の左岸上方に観えていた遊歩道から車に戻って行こうと言う事で、先程の顔出しパネルの有る東屋の方に道が有るので向かいましたね。。

それでまた広場を歩いて振り返ってこうして観てみると。。

自然環境は良くないとは言いましたが、森林公園としては何だか良いような感じもして、こんな処でゆっくりしたいとか想ったりもしましたね。。

それでまあこっちだなと言う事で帰路に向かおうとしましたね。。

この辺の山側も落石やら有りそうだからなのか柵は確りとしていましたかね。。

来る時に観上げるように観ていた道から今度は来た道を観下ろしたりして進んで行きましたね。。

道はこちら側の方が細く入り組んでいそうでしたかね。。

少しばかり進むと養老薬師堂が在りましたね。。

こちらの薬師様は元々は養老公園内在ったものが公園開設後に移り渡って昭和6年となる1931年にこちらに戻って来たらしいですが、この時は軽く立ち止まって観ただけでしたね。。

しかし何だか薬師堂が在ったのは確りと覚えていますね。。

それで進んで行くと何だかゴチャゴチャと道が分かれている場所に出た気がしましたね。。

向かって左手は(滝元館 遊季の里)とか言う温泉旅館だったかと想いますが、1泊2食で2万以上はするけっこうな旅館だったみたいですかね。。

山側を観るとけっこう急な石段みたいなのが延びていまして、登っていく人達がいるから何かと想いましたら、滝駐車場の方面に向かう道みたいでしたね。。

滝駐車場の横には菊水仙を使った流しそうめんを食べられる(滝見亭)なる食堂も在ってこちらに看板も有りましたが、訪れた時は知らなかったのですが、今になって食べれば良かったとか想いましたね。。

それとどうも今は稼働していない(養老ロープウェー)とか言う観光リフトの降り場も滝駐車場の横辺りに在ったと想いましたが。。

この階段を観ると、滝を観る為のリフトならもう少し下部に降り場を造れば良かったんじゃないかとか想いましたね。。

その後は、そこで向かって右の階段を降りて行けば良かったんだと想いますが、緑色の道を看板も見ないで進んで行ってしまいましたかね。。

進んで行くと、(滝元館 遊季の里)の食事処の裏手みたいな処に出ましたかね。。

それで行き止まりかと想って一瞬引き返そうとか想いましたら、向かって右に下に降りて行く階段が有ったので、こっちでも大丈夫だろうと想い降りて行きましたね。。

正規の遊歩道だかに出たら、こちらにも丁石が在りまして、こちらには2丁と刻まれていますから、滝までの距離は218mだったんでしょうね。。

それでまあコンクリートに擬似丸太の遊歩道を帰路として降りて行きましたね。。

やはり往時の右岸の道よりは細い感じでしたね。。

そして進むと、例の観光リフトの乗り場の跡がありましたね。。

そうしたらどうも2015年から施設老朽化の為に運営していないらしいですね。。

開業は1969年となり、全長約200mを約3分17秒で結ぶ、1人片道400、往復700円、運行時間10時~17時、12月15日~3月15日の冬季休業の固定循環式の一人乗りリフトで、近鉄グループの子会社だかが運営していたらしいですが。。

どうも乗り場はキツそうな階段の先だし、降り場も滝まで階段をけっこう降って行くみたいだしで、明らかにリフトを設置した場所が微妙だったんじゃないかとか想いましたね。。

土地の利権の問題やら何かが有ったのかは分かりませんが、僕にはどうしてもリフトの設置場所が疑問でしたね。。

リフトの入口跡を観ると、一部で話題になっていたようなレトロな看板もまだ有りましたね。。

観光滝の施設なんかは何処も古めかしい雰囲気が有るものでがね。。

濃尾平野を一望出来るリフトだと言う事ですが、登りで乗ると振り返りながらじゃないと観れなそうな感じがしましたね。。

養老山地内に熊の出没情報が有りますと言う注意書も有りましたが、僕の住む神奈川にも出ますし。。

僕としては住まいを追いやられていそうな熊達は何処に現れても驚かないと言った気持ちでしたね。。

観光リフトの横を通り過ぎて進んで行きますと、もう少しで養老神社に着きそうな感じでしたね。。

この辺りは道が石畳になっていましたが、何だか石が浮き気味で動くので、微妙に歩き難かったですね。。

暑さの中でけっこう歩いた帰りなので、膝がガクガクする感じでしたね。。

養老神社の鳥居に着きましたね。。

例の養老孝子伝説に出てくる霊水だかの菊水泉が境内に湧いているらしいですが、こちら左岸の道のルートにもなっているんでしょうね。。

そう考えますと、滝までのルートで歩き易いのは右岸の太くシンプルな道となりますが、色々と観処が有るのは左岸のルートなんだとは想いましたかね。。

まあ下の駐車場なんかから向かうなら往復で片方づつの道を歩けば良いんでしょうけれどね。。

境内に入って行くとなかなか渋い奥の本殿と手前の拝殿が在りましたね。。

どうも古くは養老明神と言ったらしくて菊理媛命が祭神とも伝えますが、永正元年となる1504年に菅原道真を合祀して養老天神と言われるようになったらしいと。。

創建年代は不詳らしく、養老の滝にまつわる孝子伝説の源丞内縁の神社とされていて、奈良時代の養老年間以降となる717以降の創建と想われるらしく、平安時代の美濃国神明帳には養老明神と記載されているらしいと。。

まあこの辺の神社仏閣の事はあまり関心が薄いので、ただ何となく観るだけになってしまいましたがね。。

とりあえず誰もいなかったので凛とした雰囲気を醸し出していましたかね。。

伝説の菊水泉が在りましたけれど、こじんまりとした印象でしたね。。

伝説の霊水は(養老の滝)の水なのか、この神社に沸く菊水泉なのかと言う論争なんかが過去には有ったらしいですが、昔は(養老の滝)とこちらは1つの瀬だったとか言う話ですし、何とも言えないところじゃないかと僕は想いましたね。。

どちらにしろそんな凄い若返りの効果がある水なんて有るとは想えませんが、沢山の方々が言われていますから、湧水としては美味しいんでしょうね。。

まあでも誰もいない静かな神社に湧く泉を観ていると何となく癒される気分でしたかね。。

とりあえず神社の前で記念写真なんかを撮りましたね。。

こちらのご祭神は5柱で、天照皇大神、菊理媛命、元正天皇、聖武天皇、菅原道真と言う事らしく、ご利益は健康・長寿、家内安全、五穀豊穣、縁結び、学業成就などらしいですね。。

境内からは、岐阜県指定有形文化財である養老神社経塚出土品8点を始め、和鏡3面、刀子の破片・火打鎌3本、外甕無釉瓶子1なんかが出土したらしいですし、歴史の有る場所なんでしょうね。。

基本的に今は御朱印を授与していないらしいですが、とりあえず境内を少しフラフラして養老神社を後にしましたね。。

それで来る時に登るのが面倒で右岸のルートから進むきっかけにもなった神社に登る階段を降りて行きましたね。。降りたら先程の湧水が汲める場所に出る感じですね。。

そこは車を止めた道沿いですから、それで今回の(養老の滝)へ訪れる歩きは終了と言ったところでしたね。。

そんな事なんですが。。

こちらの養老町には(養老の滝)を中央に、(養老の滝)の北側約2kmに秣の滝(まぐさのたき)、南側約1kmに直江の滝(なおえのたき)と言うなかなかの滝が在り、これらを養老三滝と称したりするらしいと。。

(養老の滝)は雄滝、秣の滝は雌滝、直江の滝は子滝と呼ばれる
事も有るらしいですね。。

秣の滝は、柏尾谷の標高約350メートルに位置し、落差約34m、幅約3m有るらしく、(まぐさ)という滝名は、聖武天皇が養老行幸の際の4日間の駐留中に騎馬隊の馬糧として秣(まぐさ)をこの滝付近から供した事に由来しているらしいと。。

そして直江の滝は、直江谷の標高約350mに位置し、落差約20mとなる2段瀑となっているらしいですね。。

しかし養老町の北隣とななる垂井町に落ちる落差15m幅3mの不破の滝(ふわのたき)とは落差と美しさで勝るらしい(養老の滝)が逆に女滝と呼ばれ、水量と幅で勝るらしい不破の滝が男滝と呼ばれて関連付けられているらしいと。。

それで調べますと、不破の滝も同じ揖斐関ヶ原養老国定公園の中となり (養老の滝)から車で20kmくらいの距離かと想えましたが、この地域で(養老の滝)は何かと地域の方々に意識されてきた滝なのかと想えましたね。。

まあとりあえずこの訪れた時はこれらの滝の事は知らなかったので訪れなかったですが。。

まあ僕としてはこのエリアでは(養老の滝)だけをさくっと観て帰ると言う事でも良かったかと言う感じでしたかね。

それで車に戻って行く感じでしたが。。

車を止めた場所的に、交通安全協会の駐車場からすぐの処に在りそうな、創建は奈良時代で養老の滝伝説の主人公である源丞内が開いたとされている養老寺とかも観ないで終わりましたね。。

何だか養老寺は老朽化が激しく、隣の保育園だかの敷地と混同するような感じになっているらしいですが、 西美濃三十三霊場の第二十五番札所になっていたりするらしいと。。

天平時代には七堂伽藍が建ち並ぶ大寺だったらしく、多芸七坊の一つに数えられていましたが、永禄年間となる1558~1569に織田信長なんかに焼かれてしまい、その後慶長12年となる1607年に高須藩主徳永寿昌が再建したらしいと。。

再建される以前は法相宗に属していて、再建後は真宗に改宗したらしいですが、こちらの御本尊となる鎌倉時代初期に造られた像高92cmあまりの寄木造りの十一面千手観音立像は鎌倉初期のみごとなもので、他に銘不詳の剣である銘国光の太刀なんかが在り、ともに国指定重要文化財となっているらしいと。。

しかし何だか老朽化が激しく修繕費も集まらないままに、本堂は2016年だかに取り壊されたらしいですね。。

それで御本尊とかは境内に在る宝物殿とかに収蔵されているみたいですが。。

その本堂と宝物殿の間には不動堂があり、ここには絶対秘仏である県重要文化財の高さ97cmの木像立像の不動明王が安置されているらしいと。。

不動堂だかは養老の滝を修験の場としていたらしくて、養老山麓がかつては修行の場だった事をを物語っていて、昔はこちらを不動堂養老寺と称していたと言う事で、 他にも源丞内のものとされる墓も境内に在ったりしたらしいですから。。

今にして想えば観ておけば良かったかと想うところも有りましたが、仕方ないところでしたね。。

それでけっきょく車を止めてから(養老の滝)までの往復で2時間強くらいの時間を過ごしてこの滝エリアを後にしましたかね。。

後でこうして調べると他にも色々と観る場所は有って、酒の匂いがする泉の水を源丞内がひょうたんに汲んで持ち帰りった事からか、ひょうたんは養老町のシンボルみたいになっているらしく、(ひょうたん会館)なんかも有ったらしいですが。。

この時は何でもいいから(養老の滝)を観て、以前から訪れたかった(養老天命反転地)へ向けてさっさと車を走らせてしまいましたね。。

まあそれでも十分に滝は観れたと言う感じでこの地を後にしましたね。。

最後に。。

僕自身は、以前に観た記憶や何となくな情報から、この(養老の滝)に関しましてはそこまで期待しないで訪れた感じでしたが。。

やはりどうも滝そのものは大して印象に残らない感じがしましたかね。。

それに自然と言っても観光化された公園内ですから、滝環境の自然としては良くは無いとしか想えませんしね。。

調べますとどうも日本の滝100選の中でも歴史やら伝説やら知名度なんかと言った滝そのものとは違うところで選ばれた最たる滝がこの(養老の滝)だったらしいですね。。

まあそれでコアな滝好きの方々はこうした滝は好まないかと想いますが、100選滝と言うのはそうした滝から選ばれるのが基本となるかと想いますから、ある意味で(養老の滝)は最も100選滝に相応しい滝と言えるのかとも想えましたね。。

それで観終わった今になり滝そのものの事を考えましたが。。

他のバリバリの観光滝として有名な滝なんかは、やはり大きさや形状やらに何らかのインパクトが有ったりするものかと想いますが、この(養老の滝)にはそうした印象が残らずに普通の中規模な滝に観えたと。。

前述で、何かと歌やら小説やら作品で扱われてそうで大きい訳ではない観光滝として伊豆市の(浄蓮の滝)なんかと比較しましたが、やっぱり滝だけを観た場合は(浄蓮の滝)の方が印象に残っています。。

他に観た中では高知県の(龍王の滝)なんかは小さく地味に観えましたが、なにか滝の落ちる岩といい周りの森林の佇まいといい(養老の滝)より印象に残っていますし。。

それで考えましたが、今のところ観た100選滝の中で他に印象が薄目で近いと想えるのは、和歌山県の(八草の滝)が浮かびましたが、こちらは紀伊半島の先の方と言う僕としては中々訪れられない場所でしたし、滝だけの静かな環境と言えるような処でしたから、個人的には(養老の滝)よりは印象に残っているので。。

やはり今のところこの(養老の滝)が僕が訪れた100選滝の中で、最も印象に残っていない滝になってしまっていますね。。

それで(八草の滝)の静かな環境と言う事で、僕なりに勝手に想ったのですが。。

(養老の滝)が印象に残らなかった一因として、広くて色々な施設が有る養老公園の存在がそうしているのではないかと想ったりもしましたね。。

この公園は(養老の滝)を中心とした公園だとは謳われていましたが、僕自身この地では(養老の滝)より養老天命反転地へ訪れる事の方に気持ちが傾いてしまっていましたしね。。

ですから養老公園に関しましては永い歴史が有るのでしょうが、昔ながらの面影を残すのはエリアで言えば滝エリアとなりそうな感じがしましたし。。

他のスポーツ施設や養老天命反転地やこどもの国やらが有る広大なパークエリアは、何処か他の少し離れた場所に造るだとかして、滝と別にするような感じにすれば良かったのではないかと言うのが僕の感想になりましたね。。

それで滝を中心とした公園と言うのは100選滝も含めて多々有るように想いますが、その様な公園の場合は滝と違った方面の施設は極力無い方が好ましいのではと想ったりしましたね。。

そう考えますと、知名度やら人々の支持を抜きに滝だけで考えますと、ある程度観光開発された同じ岐阜県の滝なら、(養老の滝)とは濃尾平野を挟んで反対側と言った感じの、加茂郡八百津町の五宝滝公園に落ちる(五宝の滝)の方が良いのではないかとも想えたりしましたね。。

そんなんで地域の事を何も分かっていないのに勝手に色々と考えてしまいましたね。。

しかしこの(養老の滝)のネームバリューは確かに半端じゃなくて、けっきょく滝の名前としては日本一の滝なのかも知れないとは想いましたね。。

まあ滝名の知名度は居酒屋のおかげなのかとも考えましたが。。

居酒屋の(養老乃滝)にしても、創始者の木下藤吉郎さんがこちらの孝子伝説の話に心を打たれて社名を(養老乃滝)にしたらしいですから、これも元々はこの滝の力なのかと想えたりもしてしまいました。。

しかしこの(養老の滝)がかつては日本二十五勝に因んで日本三大瀑布に数えられていたような話は、現代で滝を観た僕には想像出来ませんでしたけれどね。。

まあそれよりも、奈良時代にはこちらの水で天皇を感動させて元号にまで冠されると言うのが凄いものだなとは想ったりしたのですがね。。

そして続日本記や万葉集にまで滝の事が記述され、歌川広重やら葛飾北斎なんかもこの滝を描いているらしいと。。

他にも9月の第3月曜日となる祝日の敬老の日も、改元やら孝子伝説の話が絡んでるらしいじゃないですか。。

なんでも地元の高校生なんかが、研究活動の中で(養老の滝)周辺の土から酵母菌4種類を発見して、そのうち1種類は酒やパン作りにも使用できたり保湿効果も期待できることが判明したらしいですし、好評そうですから湧水とかは本当に良いものなんでしょうが。。

湧水が美味しい処や各地にもっと良さそうな滝は沢山在るのに、なんでそんなにこの滝が支持されているのかとは想いましたかね。。

しかしここまで国やら高名な人物やら書物にも扱われたりするこの(養老の滝)は。。

日本を代表する滝=日本の歴史や文化に強く影響を与え共に歩んで来た滝。。

と定義した場合、やはり正に100選滝に相応しい滝だと言えるところも有るのかと考えたりしまして。。

観光滝としての考えと、自然の滝としての考えとで真逆の評価になったりするのかと想ったりしましたね。。

それで何でこの凡庸に観えた(養老の滝)がそこまでの支持を集めたのかと考えますと。。

大昔から交通の要衝であった関ケ原に近いと言うのが効いていると言う事なんでしょうかね。。

どうも調べますと、養老町の歴史は古くて、昔から水田耕作を営みながら弥生式土器を使う人々が住んで いたらしいと。。

それから先は新天地を求めて、大和の国から多芸氏が移り住んで、この地に高い文化を伝えたらしいと。

そして8世紀には元正・聖武両帝の行幸によって養老の滝・孝子伝説が国中に広まったらしいと。。

そしてこの頃には法相宗の山岳仏教が広まって、養老山麓には、修験者たちの修行の場として、別所寺、竜泉寺、光堂寺、柏尾寺、養老寺、光明寺、藤内寺という多芸七坊の大伽藍が次々と建立され、この地は東海文化の中心になるほどの隆盛を極めたらしいと。。

しかしその後に平治の乱や織田軍による兵火にかかって七坊とも焼失したと伝えられているらしいですが。。

それで考えますと、この(養老の滝)が大昔から人々に支持されたのは、沢山の人々の目につきやすい場所に在る滝だったからだと言う感じがしましたかね。。

まあそんなところなんですが。。

僕としてはいつものパターンで、訪れた時は予備知識なんかは殆んど無くて、観過ごしたりしていますが。。

こうして後になって 調べて少しはこの地の事を知る事が出来ますと、この様な伝説や歴史の有る場所に訪れられて良かったなとも想えましたね。。

しかしまあ伝説やらなんてのはフィクションであり、酒の水だとか若返ったみたいな話は事実では無いだろうと調べたりしますと。。

酒の水の話は、ここの水を使用して酒を醸造したら旨い酒が出来たと言う実話が転じてそうなったんだとか、改元の話は、満州に由来する地名を変える為だったとか色々と有りまして、何が本当かよく分かりませんが。。

とりあえずこの(養老の滝)は。。

コアな自然や特別な滝を求める人には不向きでしょうが、歴史や伝説や観光滝を求める人には其れなりに良い滝なんだろうと言う事で、終わりたいと想います。。

岐阜県養老郡養老町高林1298−2

駐車場

滝駐車場 普通車80台 平日500円、土日祝日繁忙期1000円

交通安全協会駐車場 普通車200台 300円

公園管理駐車場 第1駐車場 181台、第2駐車場 133台、第3駐車場 69台、こどもの国駐車場 138台

問い合わせ

養老公園HP(スマホ)

養老公園HP(PC)