布引の滝 三重県熊野市紀和町小栗須 公称総落差53m1段目12m2段目3.5m3段目7.7m4段目29.1m4滑段瀑2009年9月18日,2019年4月25日 日本の滝100選掲載順カウントアップ48/100 extra丸山千枚田

この(布引の滝)に関しましてはと言いますか、この滝にしましても、過去の2009年9月18日に1度訪れているのですが、やっぱり写真が足りないと言う事で、今回計画した2019年9月25日からの紀伊半島方面への1泊2日で再訪する事にしましたね。。

それでここ数年を振り返りますと、なんだか100選滝を其れなりに訪れていますが、どれも再訪ばかりで全く新しい100選滝に訪れられず、何をやっているのかと言う感じで、余り拘らずに他を訪れていればけっこうな数の100選滝に訪れられた気もしまして馬鹿みたいに感じましたが。。

まあでも元々そう言うところも有るのですが、とりあえずせっかくだからじっくりと行こうと言う事に気持ちが傾いているところで、最近はこれで良いのだと言う感じになっていますね。。

それで今回は長年愛車としていましたクライスラーPTクルーザーからプジョー308CCへと車を変えましたので、そのテスト走行も兼ねてと言うまたまた緩い気持ちで滝巡りに出掛ける事にしましたね。。

それで紀伊半島の100選滝で訪れたけれどいまいち写真とか周辺の状況の把握が足りない滝の1滝として(布引の滝)を先ずは目指す事にした訳ですが。。

想えばこの地域はその100選巡りの為も有り、微妙な距離も有ってか、何度も訪れる嵌めになる最たる地域と成ってしまった感じがしているところでしたね。。

そして考えますとこの三重県、奈良県、和歌山県で構成される紀伊半島一帯となる地域は、微妙な位置の(赤目四十八滝)も含めれば100選滝が10滝も在りますが。。

その10滝の中で(双門の滝)と(中の滝)以外は総て訪れているのに、1度の来訪で終えてこちらに掲載出来た滝は(不動七重の滝)と(桑ノ木の滝)だけであり、100選以外にも訪れたい滝が多々有るので、これからも訪れる事を余儀無くされる地域では有るのかとも想ったところでした。。

そんなところですが今回は、とりあえず独りで行くのもなんなんで、予定の開けられる友人の坂本君を捕まえて、久し振りに会って世間話しでもしながら一緒に行こうと言う事で向かう事になりまして、本厚木の駅で待ち合わせをして、夜中の1時くらいに出発する事になりましたね。。

それで初めてのオープンカーと言う事で、春風を浴びながら楽しく進もうと想ったのですが、生憎の雨模様の天気で直ぐに屋根を閉める事になりまして、確かスタートは残念だなと想いながら進んで行った気がしましたね。。

それでけっきょく今回の来訪のルートとしましても、テストドライブ主体の緩い旅行なんだと言う事も有ったかは分かりませんが。。

またまた伊良湖岬から伊勢湾フェリーに乗って鳥羽港に降り立ち、そこから滝に向かうと言う過去を鏡で映すかの如くルートを選択し、またまた伊良湖岬までの約280kmを国道246号線~国道42号線の下道で向かい厚木ic~浜松ic辺りの高速代(一般4710円,ETC割引3300円)を浮かす選択をしてのんびりと向かう事にしましたね。。

しかし厚木のドン・キホーテなんかで車用の充電器を買ったりうだうだとしていたらスタートも遅れまして、浜松市を横切る辺りで8時10分発の伊勢湾フェリーの始発には間に合わない状況だと言う事になってしまい、まあ仕方無いと言う事で通りすがりに開いていたマクドナルドで軽い朝食を食べたりしまして。。

ここで曇りだけれど雨はあがった感じでしたので車の屋根を開けてオープンにして走り出しまして、遠州灘沿いを走る浜名バイパスなんかを気持ちよく疾走して行きましたが、この頃には8時近くになっていましたね。。

そして浜名バイパスを越えて渥美半島の突端の伊良湖岬へと向かう国道42号線に乗って走って行くかと言う感じでしたが。。

もうこの辺りからは走る車も少ないだろうと言う感じで、次発となる9時30分の伊勢湾フェリーに乗る事を目処に進んで行きましたね。。

振り返りますとこの道は、伊勢湾フェリーに乗って紀伊半島南部へ向かう為に10回くらいは通ってるなと想いつつ、数年おきに通るのも程好い懐かしさが有って良いものだなとか想って走ったりしましたね。。

なんだか半島の先端に向かうのは戻って来るのが些か面倒な気がしますが、カーフェリーに乗って海の向こうに進んで行くのは何だかいい気分になる感じで、途中たいして海も観えず景観が特別良い訳でもないと想っていたこの道も、すれ違う車も少ない中で余り観なれていない長閑な風景を走り過ぎて行く感じでいいなと想うところでしたね。。

しかし景観が特別良くないと言ったように、この道の景観の想い出は漠然としていたのですが、伊良湖港に近付いて来て、丘の上に建つ伊良湖ビューホテルの景観を観た辺りで記憶が鮮明に成りまして。。

もうカーフェリー乗り場は近いですが、この辺りからは海も観えるように成ったりして、その風を受けて走るオープンカーはなかなか楽しいなと想いながら進みましたね。。

そうしたら次のカーフェリーの発車時刻であります9時30分も近付いて来てしまいまして、伊良湖港近くの軽くワインディングした起伏の有る道を急いで進み、一気にフェリー乗船車両入口のゲートを抜けて乗船口の前に着く頃には出航の10分前を切っている感じでしたね。。

それで係りの方にもう船が出発しますから車検証を持って直ぐにそちらの乗船券を買ってきて下さいと促されて、乗船口から直ぐの伊勢湾フェリー伊良湖営業所で乗船券を購入して直ぐ様フェリーに乗り込む感じに成ってしまいまして。。

今回は乗船前に(道の駅 伊良湖クリスタルポルト)なんかで一息ついたりする時間は無かったですね。。

車のサイズはカーフェリーに乗る場合の4m以上5m未満と、前に乗っていたクライスラーPTクルーザーと変わらないところで、ドライバーと車1台で6690円にもう1人の同乗者の大人1人分の1550円が掛かりまして、合わせて8240円を払い乗船させて頂くと言う事となりまして。。

ここで想い返しますと、前回に乗船したのは2015年5月14日にやはり100選滝の(七ツ釜滝)を含む三重県多気郡大台町の大杉谷を訪れた時の帰路として乗船したのが最後でしたが、この時の乗船料金も同じなので、途中で割引期間とか有ったみたいですが、それから乗船料金なんかは変わってないみたいでしたかね。。

そしてフェリーに車ごと乗り込み、そのまま船底近くの駐車エリアに車を駐車しまして、運行中はここには居られないと言う事で、さっさと車を降りて壁際の階段から上の客室エリアへと登って行く感じだったのですが。。

まあこの時はGW直前の閑散期かと言ったところで駐車する車も10台に満たないくらいかと想いましたね。。

それで存続が危ぶまれたこちらを含むフェリー業界はどうなのかと想いましたが、最近はこれらの航路が廃止に成りかけた要因の高速道路のETC割引率も少なくなり、トラック業界でも長時間運転などが問題視されて、重大な法令違反に対する罰則の強化などが有り、その他CO2排出量軽減や災害時の避難輸送手段の役割などと共にフェリーの必要性の機運が高まっていると言う事で。。

こちらは短距離航路となりますが、伊勢志摩地域から都心方面への水産・海産物の出荷、東三河地域ひいてはそれら周辺から伊勢志摩地域への工業用資材やら農畜産業の出荷なんかも有りますし、何より観光を主体とした歴史有る交通インフラの象徴として地域経済に大打撃を与えかねないその地域にはなくてはならないもので。。

最近だと2019年3月に駿河湾フェリーの運営事業が
撤退の末に無償譲渡で静岡県が引き継ぎ管理して行く事になったように、こうしたフェリー航路なんかはその地域の地方自治体などを含めた地域全体の本腰を入れた支援を得られるアドバンテージも有ると感じるところでして。。

この路線も三重県、愛知県、田原市、鳥羽市の援助も有って存続出来たと言うところで、とりあえず過去の苦境を凌いで現在も存続しているフェリー航路なんかは薄利ではありそうですが、物流やら観光の一端を担い暫くは存続して行けるのかと期待を寄せたところでした。。

そして考えれば僕としては累計で10回以上はこちらのカーフェリーに乗船しているので、ただの神奈川県からの旅行客としては売上に献上しているとか勝手に自己満足して乗船したりしてしまいましたね。。

そして今回は客室エリアに向かいますと、とりあえずデッキに出まして一服しながらフェリーが伊良湖港から出航する時の風景を軽く眺めたりしまして。。

その後は相変わらずに仕事が終わってから不眠で出発する強行日程で疲れも溜まっていただけに、人も疎らな雑魚寝エリアで1人時間内目一杯にグッスリと眠りについてしまい、過去最高にただ乗船しただけの船旅となってしまいましたね。。

何だか乗船する時に濃霧で到着時間が遅れる可能性も有るだとか言われたりして観通しが悪かった事も有り、何も記憶の無い船旅と成ってしまったのかとも想いましたが。。

実際この時の僕としては、この際少しでも眠りたい気持ちでして、言った通りに到着が遅れてくれないかと想っていたところだったのですが、それとは裏腹に、しっかりとフェリーは定時で鳥羽港に到着してしまいまして、眠気を払い必死に車に乗り込んだ感じには成りましたね。。

まあでも少しでも休めたのは有難い事で、そう考えますと物資運送のドライバーには休息が必要だと言う事を痛感したところで、伊勢湾フェリーの事なんかは(七重不動の滝)なんかでも散々書きましたので、このフェリーの事は存続を願うと言う事でもうこのコラムでは終わりにしたいと想いましたね。。

そんなんでフェリーを降りたら幾度となく降り立った鳥羽港の堤防の駐車スペースにとりあえず車を止めまして、一気に紀伊半島の先端エリアに着いたここからがテストドライブの本番だと言った想いで進んで行こうとしましたね。。

しかしカーステレオにiPodが繋がらないので伊勢市のオートバックスに寄ったりした挙げ句、けっきょく車に付属していたオーディオ一体型ナビの型が古くて接続ケーブルが無くて取り付けられないと言うどうしようもない事になりまして、今回の車旅行は僕にとって欠かせない自選の音楽が聴けないと言う残念な事には成りましたね。。

それで今回は音楽は聴けない事も有りますが、初めてのオープンカーなので自然の息吹を感じようと言う事で、車の走行中は殆んど屋根を開けて走る事に成りまして、振り返ればこれはこれで楽しかったなと想えましたね。。

そんな事でこの時は(布引の滝)に向かう為に伊勢自動車道の伊勢ICに乗ったのは昼くらいと成ってしまいましたが。。

寄り道しないで鳥羽港から直に向かおうとしましたら、伊勢二見鳥羽ライン~伊勢自動車道~紀勢自動車道と乗り継いで、その後に熊野尾鷲道路が大半となる国道42号線に乗り、そして熊野市有馬町の立石南のT字路を右折して国道311号線で旧紀和町の方に進んで行けば、まあ約140kmくらいで(布引の滝)まで着くだろうと言う事で、とりあえず明るい内には余裕で着くだろうとは想い、車を走らせて行きましたね。。

曇りでしたがフェリーを降りてからは雨は降りませんで、高速道路や自動車専用道路に類似するような道は走り易く、交通量も少なく、ふだん観る事の無い観慣れない道を快適に進むのは楽しかったですね。。

それでこちら方面は、紀伊半島の沿岸部を高速道路でぐるっと一周して大阪府松原市と三重県多気町(勢和多気JCT)を約340kmで繋ぐ近畿自動車道紀勢線の大部分となる勢和多気ICから南紀田辺ICを結ぶ紀勢自動車道を通ると言うか、正確な高速自動車国道としての法定路線名としては勢和多気JCT~尾鷲北IC間は近畿自動車道尾鷲多気線、南紀田辺IC~すさみ南IC間は近畿自動車道松原那智勝浦線となるので、近畿自動車道尾鷲多気線とその先の未接続部分を経た熊野尾鷲道路を通る事と成りましたが。。

普段は遠方なので気にしていませんが、何だか僕がこっち方面を訪れるようになった21世紀以降にこの大事業は着々と進められて行っている感じがこのエリアを訪れる度にしてはいましたね。。

それで僕は神奈川県から向かう為か、この建設中の紀勢自動車道は勢和多気IC方面から利用する事が殆んどで、今回もそうだったのですが。。

こちら側は2006年3月に勢和多気JCT -~大宮大台ICが開通したのを皮切りに、どうも現時点では勢和多気ICから55.3kmの距離となる三重県尾鷲市の尾鷲北ICまでが開通しているみたいでしたかね。。

そして反対側となる僕にとって走った記憶の無い南紀田辺IC側は2015年7月に南紀田辺IC~南紀白浜IC間の約14kmが開通し、9月には南紀白浜IC~すさみ南IC間の約24kmが開通していて大阪府松原市から和歌山県すさみ町までの約170kmが自動車専用道路で繋がっているみたいだと。。

それで後はその未開通のすさみ南IC~尾鷲北ICが繋がれば紀勢自動車道は全線開通と言う事かと想いましたが、どうもその区間も部分的には開通していて、尾鷲市南浦の尾鷲南ICから熊野市大泊町の熊野大泊ICまでの約18.6kmを繋ぐ熊野尾鷲道路は13年9月に全線で開通し、和歌山県新宮市輪崎から和歌山県東牟婁郡那智勝浦町市屋の15.2kmを繋ぐ那智勝浦新宮道路は2015年9月に全線開通しているらしいと。。

それで後は残りの区間が繋がれば近畿自動車道紀勢線は完成するのかと言うところですが。。

どうも和歌山県東牟婁郡串本町サンゴ台の串本ICと西牟婁郡すさみ町江住すさみ南ICの19.2kmを結ぶすさみ串本道路は2014年に事業化し2025年度に開通予定。。

和歌山県東牟婁郡那智勝浦町八尺鏡野の那智勝浦町市屋から串本町鬮野川の串本ICの18.4kmを繋ぐ串本太地道路は2018年3月に事業化して工事中。。

他にも紀勢自動車道の尾鷲北ICと熊野尾鷲道路の尾鷲南ICを繋ぐ約5.4kmの区間は、熊野尾鷲道路Ⅱ期の工事として2012年に事業化して工事中。。

三重県熊野市大泊町と久生屋町の6.7kmを繋ぐ熊野道路は2014年度に事業化し工事中。。

熊野川河口に橋を渡し新宮市あけぼのと紀宝町神内の2.4kmを繋ぐ新宮紀宝道路は2013年度に事業化し2017年度から工事中。。

そして最近の2019年3月には三重県熊野市久生屋町から南牟婁郡紀宝町神内の約15.6kmを繋ぐ紀宝熊野道路と和歌山県新宮市あけぼのの新宮北IC(仮称)と新宮市三輪崎の新宮南IC約4.8kmを繋ぐ新宮道路が事業化される事になったと言う事で。。

この大事業は着々と進んでいるみたいで、何処が全面開通しただとか言いますが、何だか数年に1度訪れるくらいの部外者の僕にはと言うか、道路事業にはそんなに関心の無い僕にはごちゃごちゃして見当が付き難く、取り敢えず伊勢から尾鷲方面まで普通車通常料金1590円ならまあいいかと言う感じで、紀伊半島に着いてからは高速道路を優先して進んで行きましたね。。

そんなんで伊勢自動車道から勢和多気JCT通り紀勢自動車道を進んで行きましたが。。

紀勢線はもともと有料道路で建設する計画だったところが和歌山県内の南紀田辺ICより南と三重県内の紀伊長島ICより南の区間は採算が厳しい為に、高速道路会社では無い国と地方自治体の負担による新直轄方式による建設の為に通行料金は無料となると言う事で、伊勢自動車道は伊勢ICと伊勢西ICは料金所が同じであり、関連して伊勢二見鳥羽ラインは2017年3月に無料化されてとなりますと、鳥羽港から熊野方面に高速道路を利用して向かいますと有料区間は伊勢西IC~紀伊長島IC間の53.9kmかと想ったところでした。。

そうなると身近な東名高速道路で言えば厚木IC~裾野ICまでの普通車通常料金は58.8kmで1720円ですし、中央自動車道の相模湖IC~甲府南ICまでの60.2kmは普通車通常料金で1760円となりますから、まあこちらの通行料金は適正料金に感じましたが、高速料金自体が高いと想いつつ、この先も伊勢側から紀勢自動車道を利用させて貰う可能性が高い僕としましては、無料区間をこちら側から延ばす尾鷲北ICと熊野尾鷲道路が早く繋がらないかなと言うところでしたね。。

まあこの区間くらいの違いなら数年に1度訪れるペースの僕には大した事では無いんですけれどね。。

しかし地殻変動によって出来た褶曲山脈となる沿岸部から平地の少ない急峻な地形のこの地では、数々のトンネルとかで貫かれる高速道路の方が全体を通せば遥かに楽なんだと言う事でしょうね。。

そんなんでほぼ上下一車線づつの対面通行となる紀勢自動車道を通って行きましたね。。

そしてどの名称の道を通過してきたのか定かで無いままにいつの間にか熊野市に辿り着きまして、熊野灘沿いの国道42号線を走り続けましたが。。

この紀勢道の完全完成は新幹線誘致は厳しかった東紀州地域にとって交通インフラの要として切実な願いだったと言う事ですね。。

これらの道は地域の振興や交流や連携による各産業や文化の発展に期待ができ、観光にも大きな期待が持てると。。

そして南海トラフ地震発生時には津波避難場所としての重要なセーフティネットとなり、病気やケガの際に高度医療を受けるための搬送災害時には緊急車両の通行や医薬品、食料品、衣料品などの運搬路として被災地の支援、復旧に重要な役割を果たすなど命の道として機能するものだと。。

そんな事で伊勢と熊野の二大聖地を結び名古屋からでも約2時間の距離となるこの紀勢自動車道はこの地域の悲願であり事業化した区間も10年後を目処に完成する予定だとか近畿自動車道紀勢線の完全開通は2035年だとからしいですが。。

地域一帯の悲願ですし自然の多い過疎地域ですから、この手の事業で時間が掛かりそうな用地買収なんかは少なくて済むんだろうとか想いつつ、新宮紀宝道路の建設における紀宝町なんかでは立ち退き問題でかなり揉めたりもした経緯も有り、道路建設と言うのは大変なものだなと想いながら、行く末を気にして行こうとは想いましたね。。

そしてそんなこんなで国道42号線から国道311号線に右折する立石南のT字路に着く頃には、途中の尾鷲北ICから道を間違えて旧国道42号線を進んでしまい戻ったりうだうだ進んでいたら午後2時を回ってはいましたね。。

この辺りでは世界遺産(紀伊山地の霊場と参詣道)の一部として登録された鬼ヶ城やら獅子巖やら花の窟(はなのいわや)なんかの観処が満載していそうでしたが、そんなの観てたら日が暮れると言った感じで(布引の滝)へと向かって行きましたね。。

それでこのT字路から(布引の滝)までは大体30km弱となるらしいから後1時間くらいで着くだろうと言う感じでしたが。。

この日は十津川村に宿泊する予定でして、ここから明日まで紀伊半島内陸部に入って行く為にスタンド事情が心配なので、近くのガソリンスタンドでガソリンを満タンに給油して進んで行くところでした。。

それで国道311号線は比較的に走りやすくて問題無く進んで行きましたね。。

この(布引の滝)へのアプローチは比較的に熊野川沿いの国道168号線から三和大橋を渡って楊枝川沿いを遡上する感じで県道780号線を進んで辿り着くルートが比較的に多く、僕が前回の2009年9月に訪れた時もそちら側から向かいまして、こちら熊野灘方面からはどうなのかと想いましたが、別に問題なく進んで行けましたね。。

滝の案内板なんかは県道311号線を走る時点から有りまして、道は間違っていないと言う安心感は得られらながら進んで行くと。。

1955年に上川村、入鹿村、西山村の3村が合併して誕生し、2005年に熊野市と合併した旧紀和町の中心地区となる板屋を通りましたが、役所なんかはなかなか近代的には観えましたね。。

紀和町はかつて奈良東大寺の大仏建立に必要な銅なんかが大量に供出されたり、鉱山として日本の産業を支えた時期も有ったと言う事で、1934年に銅鉱山が開山した後の最盛期は人口が1万人を越えた時期も有りましたが、1978年の閉山後は過疎化の一途を辿り、2015年の国勢調査では人口1172人と成っているらしいと言う事で。。

全国1~3位を争う高齢化率の過疎地域としてはなかなか施設はしっかりしているなとは何となく想いながら進んで行きましたね。。

そして紀和町鉱山資料館がある辺りのT字路から(布引の滝)の付近まで県道780号線となる熊野川紀和線を走って行く事にしましたが。。

紀和町鉱山資料館は1995年4月に紀和町40周年の記念事業として建てられたみたいで、鉱山を中心とした紀和町の歴史が分かる資料館らしいですが。。

隣には2017年4月にオープンした道の駅(熊野・板屋 九郎兵衛(くろべえ)の里)なんかも有り、其れなりに利用価値が有りそうな熊野と南紀田辺を繋ぐ国道311号線は休憩場所が少ないと言う事で、道の対策の狙いも有るみたいですが、これも紀勢道関連の流れからくる地域の活性化の一環なのかと想ったところでしたね。。

しかしこの辺りの裏手の山腹には、その紀和町鉱山の遺構が観えたらしいですが、この時はノーマークで全く観た記憶が無いのが残念でしたかね。。

そしてT字路を曲がって熊野川紀和線に入るといきなり道は二股に分かれていましたが、(布引の滝)の案内標識がしっかりと設置されていたので、迷う事も無く向かって左の道を進んで行きましたが。。

ここは先ずは紀和町の町中を流れている板屋川の源流沿いを進んで行くのかと言った感じでしたが。。

この川にしてもこの辺りは大体が熊野川(新宮川)系の河川なんだろうと言う感じで進んで行きましたね。。

それでこの熊野川紀和線を行けばと快適に進んで行きまして。。

紀伊半島南部の内陸部となると酷道と言う印象が浮かびますが、この辺りは落葉なんかが所々の路肩に溜まってるくらいで余裕の林道って感じでしたね。。

しかし旧紀和町と言っても113.64km2の面積が有って僕の住む厚木市93.84km2より大きいので広いもんだなとは想いましたが、だいたい自然が溢れている地域とはそう言うもので滝巡りのいつものパターンだとも想ったりして走りましたね。。

ナビで場所は観定めているとは言え(布引の滝)への案内標識が有ると安心できるところでしたが、新旧織り交ぜてやはり標識はけっこう設置されていましたね。。

これくらいの林道みたいなのは余裕でスイスイと進んで行けましたね。。

紀和町は約89%が林野で、素晴らしいと想われる滝なんかが在る地域は市町村の面積が広い自然の残る過疎地域なんだと言うのもパターン化した法則だとも想いつつ車を走らせましたね。。

熊野川支流の楊枝川の枝谷となる布引谷に落ちるのが(布引の滝)となりますが、この布引谷は京都よりこの地に入って一帯を支配した入鹿頼兼の一族に因んだ山名となる一族山(標高800.5m)の南西麓方面に位置する谷みたいだと。。

その入鹿の名が地名や校名に残る一族山の北側に位置する紀和町の中心地区から山の西側を通って(布引の滝)に向かう感じなのかと想いましたが、いつの間にやら深い山奥の中を走っているなと言った感じでしたね。。

そしてもう殆んど一本道みたいなものかと進んで行きますとT字路に出まして、道路の修繕工事の交通整備員の方なんかが立っていましたね。。

こちら側の熊野川紀和線は微妙に枝分かれているのかと想ったりしましたが、(布引の滝)への案内表示は相変わらずしっかりとしてありましたね。。

そうしたらこのT字路は右に進めば国道168号線方面からの熊野川紀和線と言う感じで、ここから先の左に進む林道はどちらの方面から来ても同じ(布引の滝)へと向かう林道と言った感じでしたね。。

それで三浦集落とかの小規模な集落を横目にここから楊枝川沿いを進んで行く感じでしたが。。

板屋地区からこの辺りまで来る道沿いや近辺には、校門や階段が残る明倫小学校跡に展望台が設置されたりしている夕陽の丘公園や。。

後南朝の自天王である忠義王(河野宮)たちなんかが享徳4年となる1455年に旗揚げし仮御所を置いた場所だとされる大河内行宮跡やら。。

伊勢から熊野三山へと向かう熊野古道・本宮道が通っていたりと。。

探せば色々と在ったみたいですが、どれも然り気無くひっそりとしたものなので、滝に向かうだけで予備知識が無かった僕は素通りでしたね。。

しかしこの周辺からはけっこう道は荒れてきている感が有りまして、軽い酷道と言った趣でしたかね。。

何だかこの辺りで僕の印象に残ったのは、今にも落ちてきそうな巨石を伴う崩壊地と言った場所を横切りまして、林道の維持も大変だなと想ったところでしたね。。

そんな事で楊枝川沿いの林道を進んで行きましたが。。

楊枝川は上流域で支流の(布引の滝)が落ちる布引谷と八丁谷に分かれ、この辺りから上流は楊枝川渓谷と呼ばれるエリアになるみたいで、林道は向かって右に橋を渡り進んで行く八丁谷方面の道を枝道にして布引谷方面へ向かっていましたね。。

それでこの辺りが林道三和片川の起点となるのかと想いましたが、ここから(布引の滝)の観光ポイントまでは、せいぜい2km半くらいとなるみたいでして。。

その途中の(布引の滝)の下流となるこの林道沿いには、上流から(荒滝 斜瀑/分岐瀑 約30m)と(隠れ滝 直瀑 約25m)、そして(隠れ滝 直瀑 約17m)の下流辺りの枝沢に落ちる(松山滝 3段瀑 約30m)、途中で分岐する八丁谷の谷沿いの林道を約1km進んだ付近には(八丁大滝 直瀑 13m)が落ちていると言う事で、そうした滝群が観られるみたいだったと。。

でもとりあえずもう近いし車を降りるのも面倒なので、何となく覚えているこの林道沿いの(布引の滝)の展望台を目指してかなり曲がりくねってきた道をさっさと進みましたら、一気にその展望台が現れて呆気なく着いてしまい車をストップさせましたね。。

こちらには道路脇に石畳と疑似丸太で造られた展望スペースと階段付きの小さな展望台が設置されていますが。。

この展望エリアの周りは道幅も広めに取られていて他に誰一人居ない状態でしたので、取り敢えず
路肩に車を停車させて軽く(布引の滝)の極めて近めの遠望風景と言うか全体風景を観る事にしましたね。。

しかしこの階段付きの展望台と言うのは、登ったからと言って特別に眺めが良い訳ではなく、下の展望スペースやカーブして滝の上流方面へ向かう林道の好きな処から滝風景を眺めれば良いと言った感じの話で、やっぱりそうだったのか僕としても今となって展望台からの風景がどうだったのか特別覚えてはいないところでしたね。。

そんな事で10年振りくらいに展望スペースやら林道から(布引の滝)の遠望を観賞したのですが。。

熊野酸性火成岩体の一族山の南西麓の標高約320m辺りの花崗斑岩の一枚岩の岩盤を永い年月をかけて削り取り、その階段状の岩盤を滑るように流れ落ちるのが(布引の滝)だと。。

それで誰が付けたかは分かりませんが、名称の由来はその名が示すとおり水の流れが大巾の布地を垂らしたように音もなく、飛沫も立てずに流れ落ちる様から付いたものらしいと言う話ですが。。

滝の名称とその景観はマッチしているとは想いつつ、前回訪れた時は晴天の正午だった為か明るい渓相に観えた印象でしたが、今回は曇り空の夕刻だった為かやたらとシブい雰囲気を感じましたね。。

僕としましては前回訪れた時からけっこうな年月が経ったものだと想いながら、実はこの滝には特別そこまで想い入れが無かったので、前回もっと写真を撮っておけば良かったなと淡々と事務的に写真を撮っていましたね。。

それで改めて林道なんかから(布引の滝)を観ながらこの滝の事を考えますと。。

この4段瀑の滝の落差は、1段目12m、2段目3.5m、3段目7.7m、4段目29.1mとなっていて格段は公式に0.1m単位で細かく紹介されますが、合計では52.3mではなくて53mと0.7mプラスされて紹介されるみたいですね。。

それはまあどうでもいいような事なんですけれど、この滝は林道のエリアから滝の全体像が観えると言っても、大きめの釜に落差12mで水を落とす1段目は、林道側となる下流から観て一枚岩を右にカーブさせた先に落ちるので全く観えず、実際に観られるのは2段目から4段目の約40m強の部分だと言う事なんでしょうね。。

そして展望台が有る場所から林道を約50mほど進むと4段目の滝直下に向かう石段で造られていると言う事ですが、その滝直下からでは4段目しか観られないと言う事で。。

この4段滝の本当の全体像を観るには、空中からでしか無理だと言う事で、段瀑観賞の奥ゆかしさを感じるところでしたかね。。

しかしこの滝のメインとなるのは落差の過半数を占め巨大な滝壺を従える4段目であり、それを中心とした景観は、其れなりに十分な観応えが有るんだろうとは想いましたね。。

こうして観ますと、この(布引の滝)の滝の景観としての特徴は、巨大な花崗斑岩の岩肌を極めて静かに滑り落ちる優美なところかと想われましたが、その岩肌は何だか微妙にピンク色がかっていて、それはそれでこの滝独特の景観を創り出しているんだろうとは想いましたね。。

それが4段の釜やら滝壺を創って一枚岩を総落差50m前後で落ちる滝だと言う事で、僕が連想した他の100選滝としましては、類似する花崗閃緑岩を落ちる山梨県山梨市の西沢渓谷の(七ツ釜五段の滝)でしたが。。

この(七ツ釜五段の滝)を伴う西沢渓谷の岩肌は白や灰色のモノトーンな色合いで、岩や石にも色々な色が有るなとは想いまして軽く調べましたところ。。

マグマが固まったものを火成岩と言うらしく、マグマが地表付近で固まったものは火山岩となり地下深くで固まったものは深成岩となるらしく、花崗岩は深成岩に分類されるらしいと。。

そして花崗岩は地球の大陸の基盤岩のほとんどに分布している40億年~45億年前にできたありふれた石なのだそうですが、形成に水の関与が必要で、太陽系の地球以外の岩石天体にはほとんど観られないようで、海の存在する地球だからこそ大量に創られた岩石みたいだと。。

それでこうした岩石は含まれる鉱物によってそれぞれ更に細かく種類が分かれるみたいですが。。

花崗岩の主要な構成鉱物は、無色鉱物である石英と長石であり、これに10%程度の黒雲母や角閃石などの有色鉱物を伴うらしく、 外見上は灰白色でゴマのように黒い粒が入っているのが普通であるらしいですが、長石がカリウムに富む場合は赤味を帯びる為に赤色や桃色の花崗岩もよく観られるらしく、花崗斑岩は花崗岩と同じ鉱物・科学組成を持つ完晶質斑状の火成岩だと言う事らしいので。。

そうした事からこの(布引の滝)の岩肌は処々ピンク色がかった色味に観えたのかと言ったところでしたが。。

そもそも岩石の生成について何処まで正しく解明されているのかも分からないところなので、こうした滝観賞はただ美しいなとか単純に楽しむのがベストなんだろうと想うところでしたね。。

そしてこの時は(布引の滝)を展望スペースや林道から軽く観た後に、ここから約200m先に有ると言う、以前訪れた時に行かなかった駐車場の方に車を移動させましたね。。

以前は駐車場の存在を知らなかったですし、いつも訪れる人が少ないであろう平日に訪れるので、軽く(布引の滝)を観るだけなら微妙に離れた駐車場ではなくて、ついつい幅広になっている展望スペース付近に車を止めてしまうだろうとは想いましたがね。。

それで駐車場に着きますと赤い鳥居が目立ちましたが。。

どうも鳥居の先は登りの山道が(布引の滝)を観下ろすような不動明王の祠みたいなが在る尾根の先まで続いていたみたいですが、とりあえず(布引の滝)の周辺を軽く観て写真に納められたら十分な気持ちだった僕は駐車場周りをフラフラして引き返す感じでしたね。。

駐車場は10台分くらいのスペースが有るらしいですが、山奥にしては其れなりに広かったような気がしましたね。。

そして駐車場に設置された看板を見ますと。。

こちら一族山(標高800.5m)の区間面積約80haの南斜面は生活環境保全林となっていて、スギやヒノキの人工林もかなりの割合を占めているが、標高600m付近まではシイやカシなどの常緑広葉樹、それより上部は落葉広葉樹などの自然林となり、西側に隣接する(紀和町 きらずの森)となる楊枝川流域一帯は県下でも稀にみる自然環境の保全された地域であり希少な動植物の分布が確認されている。。

と言うような事が書かれていましたね。。

それで生活環境保全林内には総延長5.1kmに及ぶ歩道が整備されていて保健休養の場所として利用できて、先の管理車道の終点からは一族山の頂上まで行く事が出来ると言う事で、こちらは一族山の布引の滝登山口ともなっているようでしたね。。

それでその入口となる大断面集成材を使用した橋長35mの木製歩道橋の上に立ちましたが。。

この橋は(布引の滝)の上流の布引谷が二俣に分かれた右俣を渡る橋で、この先は左俣に沿った昔ながらの木馬道が大河内の峠まで続き、そこから尾根上を歩いて一族山の頂上へと向かう小滝コースが延びているみたいで、途中ここから約450mとなる途中で(小滝 約8m )なる滝なんかも観られるみたいで、生活環境保全林の歩道と併用したりもしているみたいでしたかね。。

それで(布引の滝)付近一帯の20.1haに及ぶ天然林は森を守るために木を切らない(きらずの森)と言った紀和町そして現熊野市の条例として1991年6月から守られていると言った話ですが。。

僕としましては、どうもこの(布引の滝)に想い入れが無いと言ったように、そこまでこの滝を好んでいない理由の1つとしましては。。

こちらはやたらと自然環境の良さをアピールされているような感じで、実際にそうなのかも知れませんが。。

何だかすぐ近くに林道が通っていてそこからの眺望で観賞する滝と言うのは味気無く、自然環境に優れているようには観えないからと言ったところも有るからかと想います。。

林道三和片川線と言うのは紀和町和気地内の県道小船紀宝線を起点に紀和町小栗須地内の国道311号線を終点とする1974年に事業着手しなかなか工事が進まず2027年に完成予定としている32.26kmの林道みたいでしたが。。

目的としては熊野市は気候や地質がスギの育成に適していると言う事も有り、林業の振興や適正な管理、そして自然豊かな観光資源へのアクセスや生活路、熊野紀和線の迂回路やら避難経路、と言う感じみたいだと。。

しかしそれよりどうも(布引の滝)が日本の滝100選に選ばれるに合わせて近辺の林道も整備されたり、きらずの森とかも出来上がったりしたような話も聞かれたような気がしましたし。。

他に作業道も造られていて、この先も造られる予定みたいだと言う話で。。

それで(布引の滝)の周辺一帯の自然を守ると言っても、その渓谷沿いに林道を通すと言うのは壊滅的な環境破壊になる事は確かで、ふと本当にこれらは妥当な開発だったのかと考えたりしまして。。

まあ観光の為の開発なんて自然にとってはろくな物ではないのが常だとしましても。。

林業に関しましては、何だか現在の国内の林業って戦後の造林やら色々で飽和状態のような気がするし、それで自然を守ろうと言うなら林道を造って無理にこの地で林業の振興をする必要は無さそうな気がするところも有りました。。

それで僕の理想の考えとしましては、少なくともこのような林道は造らずに、林道三和片川線の入口となるような(布引の滝)と(八丁大滝)に道が分岐する辺りから下流の滝群を経由しながら(布引の滝)へ辿り着き、その先は一族山の小滝コースに繋がりと言った遊歩道を造るにとどめる開発をしていてくれていたらと想うところでして。。

考えますと、僕はいつも車道沿いから観れる滝を眺めますと、これがもっと山奥へ歩いて分け入った先に観た滝だったら素晴らしく想えたのではと考えたりするものなんですが、この(布引の滝)もそう想えるふしが有ったりするところだったんですよね。。

まあでもそうは言いつつ、そこまで突っ込んで調べたりは出来ないし、実際に必要な道で自然は守られているかもしれないので、これはあくまでも僕の勝手な仮説や空想の話ですけれどね。。

でも林道と言うと、(姥ヶ滝)辺りで書いた林野庁関連の話から、どうも胡散臭さが付きまとうようになってしまって、マイナスな印象をもってしまう自分がいるところでしたね。。

そんなんで橋から二俣に分かれる布引谷の流れを観たりしましたが。。

まあ林道の話はいいとしまして、他にこの滝の印象が僕にとっていまいちな理由としましては。。

この紀伊半島南部の熊野川系の小~中規模と言った感じの100線滝において、僕としては十津川村の(笹の滝)と新宮市相賀の(桑ノ木の滝)とこの紀和町の(布引の滝)の3滝がワンセットみたいになっていまして、他の2滝の印象が其れなりに強いので、この(布引の滝)の印象が薄くなってしまっていると言うのも有るとは想いました。。

それとこの(布引の滝)と言う滝名は、他の100選滝としても兵庫県神戸市の(布引の滝)が在るように、(不動滝)や(白糸の滝)と言った滝名に次ぐように多い滝名で、滝名なんかは人間が勝手に付けたもので自然そのものとは全く関係無いんでしょうが。。

同じ三重県にも公称落差212mだとか言う松阪市飯高町の(布引の滝)が在りますし、この近辺となる南牟婁郡紀宝町鮒田にも落差60mの(布引の滝)が在りますし、国道168号線から遠望出来る新宮市高田の落差55mの(布引の滝)が在ったりと枚挙に暇がなく、そしてそれらの滝がこの紀和町の(布引の滝)と比べても別段に劣っている訳でも無さそうなので印象が薄れた処も有るんじゃないかと想いましたね。。

まあでもしかし今出しました他の(布引の滝)群と比較しても、こちら紀和町の(布引の滝)が最もその名前に合った形状をしたその名に相応しい滝なのではとも想えましたが。。

そもそも(布引の滝)と言う滝名は優美で繊細な滝にこそ相応しい滝名かと想われ、この紀和町の(布引の滝)は比較的にそうした部類の滝だと言った感じで、豪快さや荒々しさや或いは禍々さをどちらかと言うと好む僕の個人的な好みに合っていなかったところも有ったのかと。。

まあそんな事で今振り返りますと、そうした様々な複合的要因に起因して、この紀和町の(布引の滝)の印象が僕にとっていまいちと言う事になってしまったのかと想いました。。

まあそれで、とりあえずこの様な同名の滝名が多数存在する滝の場合は、(富士 白糸の滝)でもそうした様に、滝名の前に冠を付けてその滝を差別化すると言う事で、この滝に関しましては(紀和 布引の滝)とこれからは呼ばせて貰う事にしましたね。。

それで今回の(紀和 布引の滝)の訪問では、想い入れが無かったと言う事で。。

滝直下へと向かう石段に関しましては前回降りて写真も撮ったからもういいやと言う事で、今回はこの後さっさとこの場を引き上げて行きましたね。。

それでここからは2009年9月18日の話しになりますが。。

この時は初めて訪れた滝だったので、当然石段を降りて滝の直下へと向かいましたね。。

晴れてて爽やかな感じがした事は覚えていますね。。

石段は何となく九十九折れていて、昼なお薄暗い森林の斜面の向こうにうっすらと観える(紀和 布引の滝)の巨大な滝壺の方へと延びているような感じでしたが。。

まあ要は林道から布引谷へ降りていく階段だって事で、楽なものだとか想いましたね。。

でもこう言う階段ってうは言いますが、帰りの登りとかは妙に疲れたりするもんなんですけれどね。。

そんなんでさっさと石段を降りまして(紀和 布引の滝)の滝直下の空間へと辿り着いたのですが。。

こちらの石段なんかはあまり管理されていないなんて言う話を聞いてるところで、この時は確かに滝壺付近なんかは土砂や岩石の堆積や倒木なんかが有って荒れ気味となり、石段の最下部辺りは崩壊の様相を呈していたような気がしましたが。。

もともと河川とは侵食、運搬、堆積の繰り返しの上で誕生し変化を続けて存在し、ましてや多雨で急峻な山岳地帯の谷となればそれは顕著で、極一部からのニーズに留まる滝スポットに対してのマメな整備などしていられないのが常で。。

ここなんかはまだ質素な階段だけだから良いですが、やはり2011年9月の紀伊半島大災害なんかでも崩壊して修復なんかをしたみたいですんで。。

こう言った林道からそのそばを流れ落ちる滝や渓谷のもとへ向かう場合のルートは、この(紀和 布引の滝)の下流200mくらいに落ちる(荒滝 落差約30m)
みたいに道から降りられそうな場所を探せたらロープでも1本垂らしておくのが自然にも財政にもベストな開発かと想ったりもしましたね。。

滝直下は何だか流れを感じないせいか池のようにも観える巨大な滝壺を森林が囲っている感じで、適当な広場と言えるような場所は無さそうだったので、程よい岩場なんかを観付けて景色をまったりと眺めましたね。。

この時の滝の水量は他の方々のウェブ上の写真を観て比較させて貰いますと、せいぜい平均かそれ以下くらいかと想いましたが、そのせいか前述した名称の由来となった水の流れが大巾の布地を垂らしたように音もなく飛沫も立てずに流れ落ちる様、と言った通りの状態だとは想いました。。

晴天となる恵まれた天気で、鬱蒼とした森林の先の滝壺は輝き気味のエメラルドグリーンと言った趣で渓相は明るく、極めて穏やかな静謐さを感じましたね。。

間近の巨大な一枚岩もやたらと滑らかなせいか圧迫感は少なく、想えば其れなりの大きさの滝でこんな穏やかな印象を持った滝は無いような気したし、そうした類いの滝が好みの人には堪らなく訴えるものが有るんだろうなとは想いましたね。。

下流の荒々しい男性的な直瀑の(荒滝)とともに修験者の行場だったと言う話みたいですが、僕だったらデッキチェアで昼寝でもしたくなるような場所で真面目に修行に励める修験者さんってやっぱり凄いなとは想いましたね。

それでこの時は滝の景観を10分くらい眺めて引き返しましたが。。

この滝は林道からの全体的な景観が良いと言う方も多いようですが、僕としましては4段目しか観えませんが、規模は有るけれど極めて静かで穏やかだった石段を降りた滝直下からの景観が良かったと想いましたね。。

石段の道には、行場の時代だかなんだかの古い時代の石垣なんかが残っているだとか、今はどうなのか分かりませんが滝のライトアップや祭りなんかもしていたみたいですが、けっこう有名な滝なんかはそう言う事をしますが、僕としてはどこの滝にしても自然のものにそう言った事をするのは否定的ではありますね。。

まあそんな事で、この(紀和 布引の滝)を軽く観てこの地を後にしましたね。。

それでここから今回の2019年4月25日の話しに戻りまして、今回は少なかった(紀和 布引の滝)の周辺の写真を撮ったり観たりと言う事で引き返して言った訳ですが。。

とりあえず林道を引き返しながら、林道沿いから手軽に観れる(紀和 布引の滝)の下流の滝群を軽く観て行こうと言った感じでしたね。。

まあどちらにしても林道三和片川線は先に進んでも行き止まりだから引き返すしか無い感じなんでしょうがね。。

そんな事で、先ずは当然のように、(紀和 布引の滝)の下流200mだかに落ちる(荒滝)を観ましたが、林道では展望台辺りから約500mくらい距離が有った気がしましたね。。

開けた空間で林道がカーブした場所に滝名を標した看板がポツンと立っていて、基本的にはその看板辺りから俯瞰するように滝を観る感じになるみたいなので、とりあえずその場に車を停車させて瞬間的に滝を眺めましたね。。

何でも林道からロープが垂らしてあって滝直下まで行けるみたいですが、ここはもう軽く観て行く滝群だと言う気持ちになっていたので林道からの俯瞰に留めましたね。。

さりげに2009年9月18日に訪れた時も林道を通れば嫌でも目につくこの滝は観て写真を撮っていたのでそれを観ますと、看板が変わっている事が確認されますね。。

まあ看板1本が倒れたり経年劣化でダメになっての立て替えくらいなら、大した手間も費用もかからないと推測できますし、林道沿いの滝の観光開発なんてこんなもので十分だとは想いましたね。。

(紀和 布引の滝)には音声案内の設備なんかも有ったみたいですが、そんなのはそのうち手持ち無沙汰に成るもんだから要らないとは想いましたね。。

それでこの(荒滝)に関しましては、優しく優美に落ちる(紀和 布引の滝)が女滝と呼ばれるのに対して荒々しい直瀑の為に男滝と呼ばれたり、観やすいシチュエーションの為か(紀和 布引の滝)周辺の滝群の中では一般的に最も人気が有るのかと想いましたが。。

僕としましては、この沢山の滝が存在する紀伊半島南部において、その急峻な山岳地帯の内陸部に道を通すなら河川沿いが基本となる為に、林道やら道沿いから手軽に観れる滝も沢山存在するので、例えば酷道425号線なんかの(かくれ滝 落差103m)、(不動滝 落差40m)、(銚子滝 落差70m)、(千尋滝 落差85m)と言ったような滝群なんかと比較するとそこまでのインパクトは無いと言ったところと成りまして。。

まあ軽く林道から俯瞰して過ぎ去るに留まりましたが、其れなりの良滝ではあったんだろうと言う事でしたね。。

そしてまた道をどんどん引き返して行きますと、布引谷の枝沢に落ちる(松山滝)が錆び付いた橋沿いの片隅から落ちている感じでして、滝名を標した看板が目に付いたので咄嗟に車を停車して写真だけは撮りましたが。。

なんだかこの滝は林道の開発によって完全に景観が失われた滝には観えましたね。。

更に林道を引き返しと、すぐにまたまた橋の隅ますに(隠れ滝)の看板が有りまして、橋からでも観えるのかと想って谷の景観を探りましても観えないのでそのまま立ち去ってしまいましたが。。

どうもこの看板から大小の岩が転がる谷を195mだか進んだ先の流れが大きく曲がった先に落ちる滝だったみたいで、完全に情報不足で訪れ損ねてしまいましたね。。

それでこの先の八丁谷方面へ向かう枝道を約1km進んだ先の看板から約95m山道を進んだ先に落ちる(八丁大滝)も、分岐のところに(大滝)とだけ記された看板が有るだけで、こんな滝の事知らないなと言う事で完全にスルーしてしまいましたが。。

(八丁大滝)も印象的な岩々の間を落ちる滝で其れなりに好きな方は多いみたいですし、(隠れ滝)もしかりで、更に広げればこの楊枝川渓谷には(ナベラ滝 落差10m)やら(座禅の滝 3段約50m弱)なんかが落ちていて、観るにこした事はないんでしょうが観る事は無かったと。。

しかしとりあえず僕としましては目的の(紀和 布引の滝)とその周りを観て写真に納められた事で満足してて引き返しましたね。。

そうした中で、せっかくここまで来たんだから既訪の滝を観るだけでこの地を後にするのは忍びないので、この辺りで何か1つくらい新しい観光スポットを訪れておこうと想いましたところ。。

目的地として僕が選んだのは、和町丸山地区に在る壮大な棚田であります(丸山千枚田)となりまして、(紀和 布引の滝)とその周辺を観終わった後にとりあえず来た道を板屋の方面に引き返して行ったのですが。。

(紀和 布引の滝)を観終わった時点で、何だかんだで17時近くになっていて早く戻らねばと言った感じでして、急いで板屋までの10kmぐらいの林道を引き返して行きまして、その頃には17時にはなっていましたね。。

まあでも来る時の国道311号線には看板がたくさん設置されていたので近い事は分かっていたのですが、板屋の十字路を左折して板屋川沿いに左折して(丸山千枚田)まで4kmと言う事で、陽も長くなって来たこの時期なら間に合うと言う事で、この時点からはホッとしながら進んで行きましたね。。

そうしてけっきょく県道780号線となる熊野川紀和線ともなり県道765号線となる長尾板屋線の重複区間みたいな長閑な道を進んで行きましたところ。。

何だか格調高く観えるような時計台を拝した木造っぽい建物が目に付きましたところ、どうやら熊野市立入鹿中学校(旧紀和町立入鹿中学校)だったみたいでして、なんとも素敵な中学校だとは想いましたね。。

旧紀和町時代に建てられた校舎は、鉱山で栄えていた頃に比べて生徒数は極めて少数に成るかと想われますが、バックの山並みやら環境も含めて僕としましては旅先で観た学校関連の施設では最も素晴らしく観えたもので、非常に印象に残りました。。

きっとこの様な学校で育った生徒さんは清廉潔白な素晴らしい人間に育つんだろうなと安直な想いを抱いて過ぎて行く校舎を観させて貰いましたね。。

そして入鹿八幡宮などを過ぎて板屋川をまた渡る橋を過ぎると、今度はコンクリート仕立てと想われる熊野市立入鹿小学校が嫌でも目に付きまして。。

僕としましては入鹿中学校ほどではないにしても、こちらも重厚な格調高さを感じたもので、この町の公共施設と言うのは、なんとも味わい深いものが有るなとは想ったところでしたね。。

そんな感じで学校が凄かったと想いながら車を走らせると、石垣なんかが道沿いに観られていつの間にか(丸山千枚田)に着いたと言った感じでして。。

とりあえず何処をどう観れば良いのか分からなかったので、先ずは一番上まで行ってみようと言う事で、(丸山千枚田)の中を貫く曲がりくねった道を登って行きましたね。。

(丸山千枚田)はの白倉山(標高736m)の南西斜面を利用した野面積み(のづらづみ)となる石積みの棚田群であり標高90m~250mの高低差160mの間の約10000m2に1340枚もの水田が斜面に並んでいる日本有数の規模を誇る棚田であるみたいだと。。

それでベストシーズンはどうなのかと言いますと、田んぼに水が張られたりの田植え時期の5~6月だとか、黄金に輝く稲と穂と緑のコントラストと最近栽培している彼岸花が観られる稲刈り前の9月が良いだとか、伝統行事である害虫駆除と豊作を願う虫送りが行われ陽が落ちると火が灯る7月が良いだとか色々と有るみたいですが。。

この時は4月末くらいですし、どうなのかと想いながら進んで行きましたね。。

それで僕としましては、登りでは全く把握出来ずに何となく水も張られて無いような風景がたまたま目に付いたりしたのでいまいちな感じで進んで行ったですが、連れの友人は段々に連なる棚田を観てまるでマチュ・ピチュみたいだと喜んでいましたね。。

それで僕はあまり周りを観ずに(丸山千枚田)の直上を通る県道40号線となる熊野矢ノ川線に着きまして、そこの広がった路肩に車を駐車して下方の(丸山千枚田)の風景を俯瞰したのですが。。

たぶんここでもいまいち訴える風景では無かったのか、あまり写真も残って無いし覚えていないところでしたね。。

どうも県道40号線脇に設けられた展望台から観下ろす風景はお勧めだと言う話で、場所を間違ったのか何なのか分かりませんがそんな感じでした。。

そんな時にここで和歌山市の方面から訪れたと言う歳上のご夫婦みたいな2人が。。

(この道を降りて行けば棚田をよく観られるんですか?この道は通れるんですか?)

と、僕に聞いてこられたので僕は。。

(今この道を通って来たので通れますよ。途中に駐車出来る場所も有りましたし、色々と観れるんじゃないですか。。)

と答えまして、一緒にこれから道を戻って確りと(丸山千枚田)を観る事に成りましたね。。

それで車2台で連れ添うようにして来た道を引き返して行ったのですが。。

この辺りの民家やら物置小屋やらみたいなのが点在する道を降りて行く辺りも、何となく長閑だなと言う感じで車を徐行させるように走らせて行きましたね。。

そしてまったりと進んで行きますと、先に5~6台分の駐車場と東屋が有る観光用のスペースみたいなのが有りまして、その辺りから水を張った棚田の風景が一気に開けて観降ろせた感じがしましたね。。

ちょうど時間は夕暮れに差し掛かる頃で、水田に夕陽の光が輝く様にも観えまして、ここで僕も(丸山千枚田)の美しい風景に出会せたと想えたところでありましたね。。

そんなんでその駐車場に車を止めてご夫婦と一緒にその景色をじっくりと観る事と成った訳ですが。。

旦那さんなんかは座り込んでかなり気に入って観入っていましたね。。

僕と連れの友人も、記念撮影用とおぼしき看板が設置されたりしていたので、写真を撮ったりしながらまじまじと棚田を観降ろしたものでした。。

こちらは秋~初冬にかけて雲海が広がる風景が観られたりしてそれも人気みたいですが、この時も何となく雲が広がっていたりしてそれもいい感じには想えましたね。。

それでここからの風景を暫し堪能した後にまた車を走らせて(丸山千枚田)の中の道を降りて行きましたが。。

降りだと棚田の面がよく観えるのかと言った感じで進んで行きましたね。。

そして進んで行くと、登って行く時にも分かってはいたのですが、(丸山千枚田)の中で最も中心となりそうな駐車場に着きまして車を駐車しましたね。。

催し用のテントみたいなのも有りまして、イベントなんかはここを中心に行われるのかと言った雰囲気でしたが、こじんまりとしといて駐車場も相変わらず5台分くらいの小さなものではありましたね。。

こちらもそうした場所なので、棚田の景観はなかなかのものでしたね。。

登って来る時も存在感は有りましたが、(丸山千枚田)のシンボルだと言う大石もアクセントになっていていい感じだとは想えまして、一面に広がっている棚田と一緒に眺めると爽快な気分には成りましたね。。

連れの友人なんかはかなり気に入ったのか、座り込んで黄昏たように風景に観入ってましたね。。

何だか時を忘れてもの想いに耽るにはいい景観なのかと想ったりもしましたね。

それでこの駐車場の周りをフラフラと歩いて楽しんだのですが。。

こちらは時計台風のトイレが有る(丸山千枚田 時計台)と言う場所だったみたいですかね。。

観上げれば棚田の石垣が連なり、観下ろせば水を張った棚田が広がりと言った感じで何ともいい感じではありましたね。。

(丸山千枚田)の中を通る道沿いとかには案内板やら色々有ったのかと想いますが。。

後で分かりましたが、最初に上まで行って観下ろそうとした県道40号線の路肩より、少しばかり熊野市街の方に進んだ場所にビューポイントが有ったみたいですかね。。

他にも県道40号線の入口から徒歩約40分で辿り着く熊野古道の通り峠の丸山千枚田展望台なんかの眺めがいいみたいですが、まあ僕としましてはとりあえずこの(丸山千枚田)の内部を通る道から色々と観れるだけで満足出来そうな感じでしたね。。

フラフラ歩いていますと、道から棚田の列の中へと入って行けるような赤い床色の歩道みたいなのが延びていたので、少しばかりその中を歩いたりもしましたね。。

連れの友人はその道の先まで行って相変わらずもの想いに耽っていましたね。。

(丸山千枚田)がいつ頃創られたのかははっきりとは分かっていないらしいですが、どうもこの地で最初に田畑の面積と収量の調査を行う検地が実施されたのは1590年くらいだったと言われているらしいと。。

そして(丸山千枚田)の枚数は関ヶ原合戦のあった翌年の1601年の検地では約2240枚であったらしく、
明治31年となる1898年の検地では2483枚もの棚田が存在していたと言う事で延々と営まれてきたらしいですが。。

昭和中後期となる1960年代くらいから減り始め、地元の紀和鉱山の閉鎖や高齢化などが影響して急速に労働者が減少しまして、平成に成りました1990年代には棚田の枚数が約530枚まで減少してしまったらしいと。。

そうしましたら荒廃していく(丸山千枚田)に危機感を覚えた丸山地区の住民が先祖から受け継いだ貴重な景観と資源である棚田を復元し後世に伝承したいとの思いで立ち上がりまして丸山千枚田保存会を結成し、行政からも支援を受けながら約5年間で約800枚の田を復活させて、現在の1340枚に至り、日本の棚田100選にも選定されているらしいですね。。

棚田を眺めてもの想いに耽る友人も、そんな紆余曲折を経た人間の永い営みが創り出した景観を観て、自分の人生を悔い改めながら眺めていたのではと想いましたね。。

日本の気候に合い保存の出来る稲作は日本人にとって最重要な食材となったみたいで、棚田は山がちの地形の多い日本ではよく観られる水田形態となりますが。。

地形上の関係もあって機械化には限界がある為に田植えや管理や稲刈りなどの殆どが現在も手作業によって行われているらしいと。。

それでこちらでは現在も棚田を維持していく為に米のブランド商品化、観光地化、田んぼのオーナー制度や体験イベントなんかを取り入れているらしいと。。

1996年から実施されている棚田オーナー制度なんかは千枚田保存会が管理している約7.2haの中から約1.6haをオーナー田として活用するもで、年会費3万円で新米10kgの特典なんかも付いて毎年全国からけっこうな募集があるみたいですが。。

なんだか棚田は平均面積が約10坪みたいで、色々なサイズの棚田で構成されていて最も小さなものだと3から4株の苗しか植えられない約0.5m2程の広さだと言う事らしく、そんな小さな棚田はどこかと観渡すも分かりませんでしたが、棚田を観ていると和やかなな気持ちには成りましたね。。

そんなんで夕刻の小1時間あまりを過ごしてこの地を後にしましたが。。

この美しい棚田を観て想うのは、人間と自然との関わり合いはどれくらいが適切なのかと言ったところでして。。

厳密にはこれはこれで人間による自然破壊ともなり鳥類のトキの絶滅に象徴されるような農薬や乱獲による問題なんかは気にはなりましたが。。

この様な1次産業によるところの農耕作に関しては、自然破壊と言うよりも自然と人間の共存とも想えるところでして。。

これくらいのところで人間の生活レベルが止まっていれば、地球と人間の関わり合いとしては最良だったのかもしれないと想いつつ、最後にじっくりとこの時は棚田の風景を俯瞰しましたね。。

そしてこの後は翌日にこちらも再訪しようとしている100選滝となる(笹の滝)が落ちる奈良県最南端部の十津川村に宿の予約を取っていまして、十津川村と言えば日本一広い村だとかでそれじゃ範囲が広いので、その中の平谷地区の十津川温泉になりますが。。

そこに向かってこの時は紀伊半島南部の内陸部において走りやすい国道311号線から熊野川沿いを通る国道168号線を走って向かう事に成りまして、距離的には50km弱有るところで、素泊まりの予約ですがあまり遅くなるのも悪いかと、速々と疾走して行きましたね。。

途中、河岸に屹立して延びる大岩壁を観ると、この地域の浸食やら地殻変動の凄さを改めて垣間観る気がしましたね。。

進んで行きますと、更に山側がまるで芋虫の頭の様にも観える浸食による河川の蛇行形状が観られた感じでして、そのせいで訪れた紀和町に存在する北山川によって丸く囲まれた究極の蛇行形状と言える木津呂を想い浮かべましたね。。

実は今回訪れる前に木津呂にも訪れようかと想ったのですが、なんだかその木津呂を眺めるポイントまでは往復で4時間くらいはかかるとか、そこまでの登山道が不明瞭で危険な箇所も有り嶋津観光協会のガイドを付けるのが賢明であるだとかで今回は観送った感じでしたが。。

その内に1度は訪れようと言う事で、やはりこの界隈はこれからも訪れる必要が多々有る地域なんだなとは想いましたね。。

そうしましたらいつの間にか十津川村には入っていたみたいですが、走っていると(十二滝 落差80m)
の落ちる姿が目の前に飛び込んで来ましてびっくりしましたね。。

そう言えばこの国道168号線は何度か通っているので、(白見の滝 直瀑15m)やら(飛雪の滝 落差30m 幅12m)やら道から色々と観える滝も在るので、たぶんそれらの滝も観たんだろうけれど、何だか全く記憶に無い僕でしたが。。

この(十二滝)だけはちょうどカーブが滝直下近くで曲がって行く為に、正面に観える滝に向かって車を走らせるようになる為に、やたらとインパクトを残してくれましたね。。

この様な地域の幹線道路と言える道の路肩と言える位置に、この様な滝が落ちていると言うのは凄いもんだなとは想いましたね。。

そうした景観を眺めたりした後に世界遺産やら源泉かけ流しのキャッチコピーと共に標記された十津川村のゲートみたいなのを潜り抜けて行きまして、暗く成りかけた国道を平谷地区の十津川温泉へ向けて走り続けましたが。。

そう言えば朝から走り続けて店なんて見当たらない林道をウロチョロしてで、ろくに食事なんてしていなかったので、何でもいいから夕食にありつきたいところでしたね。。

しかし以前に100選滝の(不動七重の滝)なんかを観に来た時に食事の件で苦労したのを想い出しまして、そう言えばこの辺りはコンビニだってろくに無いし、この後なにか食べる事はできるのかしらと不安に成りながら腹を空かせたりして、更に眠気もかなりマックスに成りながら車を走らせて行く事に成りましたね。。

そんなんでテストドライブがてらと言うには下道中心で500km以上を走るキツいドライブをこなす事になった(紀和 布引の滝)を中心とした旅行1日目を終えようとする感じになりまして、その地を後にして行ったのでした。。

最後に。。

この(紀和 布引の滝)に関しましては前述してきましたように、僕としましては紀伊半島の南部となるこの周りには、100選滝やそれ以外の滝でも印象的な滝が多々存在しますので、いまいち印象の薄い滝には成ってしまっていますね。。

そしてアスファルトの道からベストビューを観ると言った非自然的なシチュエーションによる興醒め感や、名前の通りの優しく繊細な流れを堪能する段瀑と言った自分の好みとの差異がこの滝の評価を下げる原因に拍車をかけてしまったかと想います。。

しかしまあこの滝が100選滝の中でもトップクラスに良いと言う方もいるように、この様な優美なタイプの滝が好きな方には堪らない滝だと言えるんでしょうね。。

それに滑らかで巨大な花崗斑岩は雄大にも観えますので、そうしたものが合わさっての良さを感じる人もいるのではと。。

それでまあ僕としましてはいまいちな滝にはなりましたが、やはり巨大で穏やかに観えた滝壺をともなう滝直下の景観なんかはなかなか良かったとも想えますし、ピンクがかった色を含めた形状を考えても個性も有りますし、個人の好みの問題で100選滝の中で劣っている滝だと言う訳では無いのかとは想います。。

しかしこの滝は車道から全体像を観るベストビューのポジションが有り、そのシチュエーションがやたらと興醒め感を煽ったと言う事で考えますと。。

100選滝なんかは直ぐ近くを車道が通る手軽に観れる滝が多いですが、少し歩いたり車道横の広場の先だったりするのを除外して直で車道から眺めるような滝はある程度限定されまして、他にふと想いついた滝としましては、福井県の(龍双ヶ滝)や山形県の(最上峡 白糸の滝)なんかでしたが。。

考えますとこうした滝々はその実際の滝の良さに関わらず、どうしてもマイナスな印象を持ってしまうので。。

こちらは自然環境の良さを謳うなら出来るだけ車道なんかは通さずに、下流からこちらの滝群を周遊する遊歩道を造るくらいにしておけば、この(紀和 布引の滝)を含む一連の滝群ももっと素晴らしく観えたかと想ったりしましたね。。

まあでも地域の避難路やら森林資源の為に本当に必要な道と言うならば仕方ないところだと言う事ですね。。

それで今回はこちらも2度めの訪問と言う事で、今までもそうしたところがありましたが、せっかくだからその地域の滝以外の観光にも比重を置いて行こうと言う事で(丸山千枚田)なんかを観ましたが。。

今回なんかは(布引の滝)よりも(丸山千枚田)の方が初めて訪れたと言う事で印象に残ったので、観光滝に関してはこれからもそう言った感じでまったりとその地を観光がてら観て行こうと想ったところでしたね。。

そして最後に想いますのは、地方をあげて全線開通を促進する紀勢自動車道なんかを考えますと。。

都市部に集中する人間社会において、地方の方々はその地に大規模な道路や路線と言った交通網が整備されるなら、その地の経済とかに大きなプラスになると言う事で諸手を上げて歓迎する事に成るかと想いますが。。

大気汚染やらは別にして交通インフラの開発整備と言うのは最大規模の自然破壊とも言えるもので、何千万年或いは何億年と言った永い時の流れの上で創られて来た地を一瞬で消し去って造られる交通インフラの先で自然観光を謳うのも微妙なものかと想ったり。。

これはこの地に限らずにどこでもそうである人間社会の在り方でありまして、その国その地域が潤うと思われるインフラ整備ならその地域は喜んで自然を減らして行くでしょうし、人間がより便利で快適に生きて行く為と想われる開発はここ100年200年と言った地球規模では非常に短いスパンでその人口増加とともに急激に広まりまして。。

そう考えますと人類滅亡の日も近いのかと想いながら方々に訪れようとする自分でしたと言う事で、今回は終わりにしようと想います。。

三重県熊野市紀和町小栗須

問い合わせ

紀和総合支所産業振興課 05979-7-1114

駐車場 滝の展望台の200m先に約10台分